僕惚れ④『でもね、嫌なの。わかってよ。』
***


「いらっしゃい、葵咲(きさき)ちゃん」

 荷物を運んでくださる塚田さんを(ねぎら)ったあとで、ひおちゃんのお母様が、私ににっこり微笑みかけてくださる。
 幼い頃の記憶のままに、優しい笑顔を向けられて、私は胸の奥がじぃーんと熱くなる。

「すっかり綺麗なお嬢さんになったね」

 和装姿がこれほど似合う男性を、私は知らない。急ごしらえで着た感じではなく、こなれた感じがあるのが、普段からそれを着付けた人なんだと実感させられて、そういえばひおちゃんのお父様は昔からよく和の装いをしていらしたっけ、と記憶を掘り下げる。

 私が幼い頃はお仕事で家に居られないことが多かったけれど、休日なんかに遊びに行くとたまにお父様にも出会うことがあって、自分の父親とのギャップに驚かされたのを覚えている。

「ご無沙汰しています」
 何となく緊張してペコリと頭を下げたら、クスクスと笑われてしまった。

「あのお転婆な葵咲ちゃんが。感慨深いものだねぇ」

 言われて、私は真っ赤になった。

 そういえばひおちゃんの家の庭の木に登って降りられなくなったの、ひおちゃんのお父様に助けて頂いたんだった。

「小さい頃のことは……その……わ、忘れていただけると嬉しいです」

 そう言ったら、ますます笑われてしまった。

 ひおちゃんのお母さまが「あなた」とたしなめていらして、やっと私はその空気から解放された。
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