敏腕パイロットとの偽装結婚はあきれるほど甘くて癖になる~一生、お前を離さない~
ところが今の私は、シニヨンに整えた髪が今にもほどけそうになっているうえ、ストッキングは伝線し、血まで流しているのだからとても合格はもらえない。

わかってはいるんだけど、間に合ったんだから見逃してよ。という心の声を呑み込んで、オフィスへと急ぐ。


そのとき、大きな窓から先ほどの夫婦を乗せた飛行機がゆっくりと動きだしたのが見えた。

赤や黄色に色づき始めている遠くの山々をバックに進むそれは、とても絵になる。


「もう、戻ってこないでよ」


ぼそりとつぶやく。

冷たい言い方かもしれないけれど、これはグランドスタッフだけでなく、整備士、グランドハンドリング等々この飛行機を飛ばすために働いているスタッフの総意だ。

戻ってくるとすれば、なにかの不具合が生じたときなので、その後の対処が必要になる。


私は飛行機に向かって軽く右手を振る。


「あ……」


そのときふと左手に握りしめたままのパンプスに気がついた。
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