冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
「愛人の子のくせに、生意気ね」

 久しぶりに言われた言葉に、胸がズキズキと痛み出す。

「ご、ごめんなさい」

 最近ではすっかり忘れていた謝罪の言葉が、無意識のうちに口を突いて出てきてしまう。

「ふん。やっぱり優は優ね。そればっかり」

 小馬鹿にしたように鼻で笑われて悔しさを感じているのに、やっぱりほかの言葉は出てこない。それどころか、恐怖心までよみがえってくるようだ。

「謝罪の次はだんまりを決め込むのも、ちっとも変わらないわね」

「ごめなさい」

 こうしてひたすら謝り続けてほかにはなにも言わなければ、辛い時間は最短で済むはず。

「鬱陶しいわね。愛人子はね、愛人の子らしく日陰で暮らしてればいいのよ」

 これまで幾度となく言われてきた言葉だ。じっと耐える術は身につけているはずだった。

「あんたが幸せになるなんて、絶対に許さないから」

 それなのに、どうしてだろう? そう言って陽が背を向けた途端、堪えきれなかった涙が頬を伝い出した。こんなのもう慣れたはずで、涙を流すなんてすっかりなくなっていたのに……。

 小雨が舞い出したというのにその場からしばらく動けず、ジクジクと痛み出した胸をそっと押さえて立ち尽くしていた。

 この幸せだけは、奪われたくない。
 それは私の中に初めて芽生えた、陽に対する反抗心だった。

 彼女に会ったとすぐにでも一矢さんに伝えたかったが、タイミング悪く今日の一矢さんは夜勤だ。おまけにそのまま病院で仮眠をとって、帰宅は明日の夕方頃になると聞いている。
 緊急性のある用事でなければ、仕事中の彼に電話をするのははばかれる。一矢さんは命を扱う現場で働いているのだ。おいそれと連絡なんてできない。陽と出くわしたとメールに残せば、いらぬ心配をかけてしまうに違いない。彼の邪魔をするなんてしたくない。

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