冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
「あ、あの、【ごちそうさま】のメッセージも、今の気遣いも嬉しくて」

 彼にとっては取るに足らない些細なことだったのだろう。なぜ感謝されているのかと、首を傾げてしまった。

「食事を出されて感謝をするのは、当然だと思うが」

 そういうところが彼の優しさなのだと、私は思う。どれだけ私を疎ましく思っていたとしても、彼は突き放すだけの人じゃない。

「まあいい。ご飯を頼んでもいいか」

 差し出された茶碗を受け取ろうと慌てて腕を伸ばしたが、ほんのわずかに彼の指に触れてしまい、慌てて思わず手を引いた。

「ご、ごめんなさい」

 さっきまでは少しだけ場の雰囲気が和んだように感じていたのに、途端に訝しげな表情を向けられてしまう。
 慌てて奪うように茶碗を受け取ると、なにかを言われるより先に彼に背を向けた。

「君は、食べないのか?」

 すべての用意が整うと、先に席に着いていた一矢さんが尋ねてきた。

「わ、私は、洗濯をしてくるので。どうぞ、食べていてください」

 用意をするだけならともかく、さすがに顔を突き合わせて食べるのは一矢さんも嫌だろう。
 彼がなにか言いたげな顔をしていると感じたが、気づかないふりをしてそそくさとその場を逃げ出した。


 今日はどうやら休みだったのか、一矢さんは食事を終えると自身の書斎にこもってしまった。
 このまま私がいては、せっかくの休日も休まらないかもしれない。
 昼食には物足りないかもしれないが、簡単にサンドウィッチを用意すると外出の準備をした。

「行ってきます」

 奥にある彼の部屋には到底届かないような遠慮がちの挨拶を残して、そっと玄関を出た。

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