若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 マツリカの言葉を心地良さそうに耳元できいていたカナトは、彼女の「復讐」という言葉におや、と首を傾げる。自分はスパイじゃないと言っていたが、自分がこの場所にいるのは復讐じみた行為だと心の隅で認めているらしい。
 たしかにライバル企業の令嬢に落ち着いたにもかかわらず、彼女は鳥海の孫会社に潜り込んで実父の死の真相を暴こうとしている。知ったところでどうなることでもないことくらい、わかっているだろうに。
 妙なところで律儀というか、周囲が見えていないところのあるマツリカの五本の指を己の指で交差させ、きゅっと握りながら、カナトは笑う。

「そうだね。マツリカがシンガポールで暮らしていたときに、俺は一度逢っている。懐かしいな」
「カナトは覚えているの?」
「ああ。だけどマツリカが自分で思い出せるようになるまでは、何も言わない」
「どうして?」
「俺の口から説明したところで、素直に頷いてもらえるとは思えないから」

 そう言ってカナトはマツリカの指に自分のそれを絡ませ、指先に接吻(くちづけ)を贈る。

「!?」
「この程度で驚かないでほしいな。恋人同士に見られるようにもっと練習しないと」
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