若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
「もっと?」

 敬語をやめて呼び捨てにして、手を繋ぐだけでは恋人同士に見えないのだろうか。
 首を傾げるマツリカを見て、カナトが物欲しそうな瞳で見つめてくる。
 まるで本気で自分を求められているみたいで、身体に震えがはしる。

「ああ。衆人環視の前で自分たちふたりの世界を演じられるくらいまで」
「ふたりの、せかい」

 カナトの言葉に熱が籠っている。握りあっている手がじんわりと汗をかく。

「怖い?」
「……身体での接待はコンシェルジュのサービス外では?」
「クルーズのあいだは俺の恋人をつとめてくれるんじゃなかったっけ?」
「う」

 カナトの拗ねた表情を前に、図星だと感じたマツリカはうなり声をあげる。取引の条件になっている若き海運王の恋人役を担うためには、キスとハグは外せないもののようだ。

「あの、笑わないでくれる?」
「なんだい?」
「あたし、キスしたことないの……」
「は?」

 きょとんとするカナトの前で、マツリカがたどたどしく説明する。
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