若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
   * * *

 こんなはずではなかったとカナトは自分の至らなさを悔やみながら日々を過ごしていた。
 恋人役を受け入れてくれた彼女を本当の恋人にするために、彼女の望みを叶えるためにハワイでは仰木に会いに行ったというのに、彼女は納得してくれなかった。
 彼女の憂いが晴れたら最後まで抱くと言った手前、カナトはキスより先のことに手が出せずにいる。
 けれども彼女はハゴロモでのクルーズのあいだはしっかり恋人役を担うからと、カナトが外出する際は腕を組んだり手を繋いだりと精一杯の努力をして傍にいてくれる。それが彼を苦しめていることに彼女はまったく気づいていない。

「明日には日付変更線を通過しますよ」
「なんだかあっという間だな」

 豪華客船ハゴロモはすでにハワイを発ってから十日が経過していた。ロサンジェルスを出発してからまもなく一ヶ月になる。
 太平洋クルージングを楽しみながら優雅にフランス領ポリネシアを巡った船は、南太平洋に入っていた。途中、雨が降ることもあったが、いまの季節にしては好天がつづいているため、巡航は予定通りに行われている。
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