若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 くすくす笑いながらラム肉のステーキを食べる彼女はレストランでの食事だからとエメラルドグリーンのラメが印象的なロングドレスを着ている。観光していたときのラフな格好とは異なり、まるで海原に星屑をちりばめたようなドレスは襟ぐりがおおきくひらいていて、彼女を大人の女性にしている。なぜかスカートのスリットが際どいところまではいっていて、どこか妖しい雰囲気が醸し出しているため、マツリカは戸惑いながら着ていたが、その姿にカナトは胸をときめかせていた。
 自分のために背伸びして大人びたドレスを着て、豪華客船内のレストランで一緒にディナーをする……それがカフェで一緒にお茶を飲めなかったカナトからのリクエスト。
 それだけではない。彼女はシンガポールで自分と出逢ったときのことを思い出そうとしているのだ。嬉しくないわけがない。

「なにニヤニヤしてるの? へんなカナト」
「十五年前の夏の貴女がいま、こうして俺の前にいる奇跡を噛みしめているんだよ」
「……奇跡だなんて、大袈裟よ」
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