若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 それでも約束したのだとカナトは中学卒業後に商船高専へ進学、国家資格である三級海技士、第一級海上特殊無線技士、ボイラー技士、小型船舶操縦士、危険物取扱者などの資格を次々と取得、二十歳で日本の業界四天王のひとつとされている父の海運会社へ就職、海外渡航を含む現地での実務経験を経て二級海技士を取得した後、ようやく彼女の父親が持っていた一等航海士の称号も手に入れた。
 外洋を航行するための大型船舶の船長になるにはさらにうえの試験を受ける必要があるが、次期社長として鳥海海運グループを率いることになるであろうカナトにはもう充分だと、それよりも今度は陸上職の勤務を覚えろというはなしになり……海の上で三年、陸の上で二年、いまも彼は年老いた父に代わり必死に働きつづけている。

 十歳だったカナトは二十五歳になっていた。『鳥海の若き海運王』と呼ばれるようになった彼は、国内外で注目される貴公子に成長していた。
 いまの俺なら、彼女を花嫁に迎えに行ける。だが、あのとき約束した少女は、自分のことを覚えているだろうか。
 塩辛いキスをして、ふたりで笑いあった晩夏のシンガポールの出来事を……
< 18 / 298 >

この作品をシェア

pagetop