若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
「カナトさま?」

 けれどもいまは、そんな感傷にも浸れない。
 父は息子の運命の出逢いを面白がっていたが、いつしかそのことも忘れてカナトに縁談を勧めるようになったのだ。
 目の前にいるヤマトナデシコは、カナトが靡かないのを見て、苦笑する。椿の刺繍がされた振り袖を上品に着こなした美人は、父親に頼まれてこの場に来てくれたが、カナトの落胆した表情を見てすべてを悟ったらしい。

「人違いですよね、わたし、シンガポールなんて行ったことありませんから」
「そのようですね。父が勘違いしていたみたいで……申し訳ない」
「いいえ。鳥海の若き海運王とおはなしできて楽しかったですよ。初恋、叶うといいですね」
「中谷さん」
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