若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい

《4》


 豪華客船ハゴロモの旅は開始から五十日が経過した。げんざいはオーストラリアの西に位置する港湾都市、ジェラルトンに停泊中だ。この街はインド洋に突き出たちいさな岬の付け根に存在しており、西オーストラリア州最大の都市であるパース以北では一番人口が多い。

「ようやく晴れたな」
「そうね」

 メルボルンを観光した際はあいにくの雨だったため、市内をすこし散策しただけで船に戻ったのだ。その日以降、カナトは初恋の記憶を取り戻したマツリカに結婚を承諾させようとことあるごとに甘い言葉を囁きながらキスとハグで彼女に迫りつづけている。
 部屋にふたりきりでいると雰囲気に飲み込まれて彼に流されそうになるマツリカは、逃げるようにジェラルトンの地へ足を踏み入れた。さすがに外なら、過剰なスキンシップもないだろう、と。

「西オーストラリア州のコーラル・コーストやハット・ラグーンについては知ってる?」
「うん。オーストラリアでも有名なピンク・レイクよね」
「車で行こうかと思ったけど、飛行機をお願いしたよ」
「え」
「空のうえから自然の神秘を満喫しようじゃないか。ふたりきりで」
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