若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 カナトとマツリカの関係に動きがあったことに伊瀬をはじめ、護衛の瀬尾と尾田も気づいている。手をつなぐだけで顔を真っ赤にするマツリカと、それを面白がるカナトの姿は、初々しい恋人同士そのものだったから。ついにカナトがマツリカの心を射止めたのか、とざわつく周囲をよそに、ふたりは互いしか目に入らない状態のまま、手をきつくつないでチャーターされた小型飛行機に乗り込んでいく。

「お前たちはここで待っててくれ。彼女に最高の景色を見せてくる」
「かしこまりました。どうかお気をつけて」

 目をまるくする護衛たちと違い、伊瀬だけはやけに素直にカナトの言うことに従う。危険ではないのかと尾田が心配そうにしているが、飛行機の操縦士の身元ははっきりしているし、フライトの時間はほんの一時間半だ。そこまで過保護になる必要はないだろうと彼は一蹴する。
 青い空に飛び立っていった小型飛行機を見送った伊瀬は、無表情の瀬尾へぽつりと告げる。

「社長はなにか言っていたか」
「東京で待つ、と」
「……そうか」
「あの、伊瀬さん」
「なんだ?」
「カナトさまには」
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