若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 観光客相手の船上コンシェルジュとして働きはじめてまだ半年だというのに、マツリカは本人の与り知らぬところで社内の有名人として名を馳せるようになっていた。
 そのふたつ名は「歩く自動翻訳機」。堪能な英語と日本語をはじめ中国語、マレー語、フランス語などの多くの国の言語を使いこなすことができる彼女は「あながち間違いじゃないわね」と揶揄されたことを逆に面白がっている。
 幼い頃に四つの言語を通用語としているシンガポールで生活していたり、アメリカにある全寮制の女子高で世界各地から集められた少女たちと過ごしていたこともあり、必要に応じてさまざまな言語を自然と吸収するようになっていたからだと思われるが、子どもの頃から慌ただしい人生を過ごしていたがゆえに小さい頃の記憶はほとんど覚えていない。
 ただ、死んだ父親が航海士だったから、自分も海にまつわる仕事をするのだと物心ついた頃から思っていたことは事実だ。そして彼女は父親のことを知るため、彼の痕跡を求めるかのようにさまざまな語学を身につけ、己の武器として今日まで磨いてきたのである。
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