若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
「クムクマンの花たちだ」
「クムクマン?」
「バリではおなじみの祭祀につかわれる五色の花の総称だよ……そうか、そういうことか!」
「カナト?」
「貴女の名前がなぜ“祭の花”なのかが、ようやく理解できたよ。ナガタニは、クムクマンの花とジャスミンの呼び名をかけて“マツリカ”と名付けたんだ」
「バパが……」

 カナトの言葉で、幼い頃の記憶が蘇る。
 毎日島のどこかしらで祭祀が行われているバリ。マツリカが家族で訪れたその日は「バニュ・ピナルーの日」だった。現地の言葉でバニュは「水」、ピナルーは「知恵」を意味するのだとか。幼いマツリカは意味を知ることもなく、両親にすすめられるがままティルタ・エンプル寺院で湧き出る水でマンディという水浴びをしたのだ。

 ――常に水の流れのように絶えない知恵を授かるように。

 そのうえ、水浴びのあとに儀式のためにつかわれる花がたっぷり入った聖水をあたまからかけられた。心地よい香りに包まれて悪いものがすべて洗い流されたかのようだった。
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