若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 別行動をしている尾田はすでに警察の人間とともに十二階のラウンジで待機しているという。はじめ警察は誘拐疑惑だけで乗り込むことに難色を示していたが、尾田が持参した違法薬物が染み付いたハンカチと、連れ去られた女性が鳥海の若き海運王の未来の妻でマイルの義理の姉だと知らされあっさり態度を翻した。城崎浬がキャッスルシーの社長に就任してから蔓延る黒い噂の真相を鳥海の人間が明かしたことで信頼を得られたのだろう。

「カナトさま、お待ちしておりました」

 エレベーターを降りたところで尾田が出迎え、カナトの前で跪く。
 そんなことよりもマツリカはどこに囚われているのかとカナトが小声で訊ねれば、一番奥の部屋のようだと刑事が応える。カナトが頷き、奥の部屋へ向かおうとしたそのとき。
 がちゃり、という重々しい音が響く。
 慌てて廊下を駆け出して部屋からこちらへ歩いてくる女性に気づいたカナトは、BPWの船上コンシェルジュの制服を着ているのが、マツリカでないことに愕然とする。

「――お前」
< 276 / 298 >

この作品をシェア

pagetop