若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 前泊先についてはスタッフ各自で見繕うよう指示が出ているという。ロサンジェルス国際空港からホテル直通のシャトルバスが出ていることを考えるとそれなりのスタッフがそこで前泊するはずだ。

 ……などとあれこれ計画していたカナトだったが、現実は思わぬ方向に転がっていく。

 航空機の座席は隣同士、しかも彼女は豪華客船ハゴロモのスタッフが持参するタイムテーブルを床に落としたまま三時間爆睡、その後シャトルバスでどうにか会話をすることに成功したが、前泊先のホテルでうまく予約がとれずひとり別のホテルを探そうとする。慌ててスイートルームをもぎ取って彼女に使わせたが、かなり不審に思われたはずだ。おまけに。

「俺のこと、すっかり忘れてるだろ……」

 終始他人行儀だった彼女はカナトのことを覚えていなかった。十五年前にシンガポールで結婚の約束をした幼い少女は、黒づくめで闇夜に潜むスナイパーみたいな格好をしていたが、相変わらずうつくしかった。
 どこかでお逢いしたことありましたっけ? などと可愛らしく首を傾げられてこっちは鼻血が吹き出しそうになったほどである。
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