アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました

   ◇

 ――どれくらい時間が過ぎたんだろう。

 何があったんだろう。

 目を開けると私は車の中に横たわっていた。

 そうか……。

 終わったんだ。

 ――人生も、愛も。

 ゆっくりと体を起こすと、私は服を着たままだった。

 ……あれ?

 なんで?

 アランさんは運転席のシートにもたれかかって、じっと前を見ていた。

「さっき、誰のことを思った?」

 どういうこと?

 服も乱れていないし、どこも痛くない。

 シャツのボタンをはめながらアランさんがつぶやく。

「目を閉じたとき、誰の顔が思い浮かんだ?」

 それは……。

「あいつだろ?」

 ――ジャン……。

「つまらない意地張ってないで、あいつと幸せになれよ。二人一緒なら、どんな困難でも乗り越えていけるだろ」

「……はい」

 ふっと、彼が鼻で笑う。

「どうせ、あいつの腕の中ではオレのことを思い出すんだろ」

「サイテーですね」

「色男には最高の褒め言葉だな」

 本当に――。

 一番大切なものを思い出させてくれてありがとうございます。

 私は気になったことを聞いてみた。

「アランさんはミレイユを愛してるんですか?」

「さあ、どうだろうな」と、フロントウィンドウの向こうに広がる霞んだ空を見上げる。

 しばらくしてから、彼がぽつりとつぶやいた。

「あいつの髪だけは他の男に触らせたくないな」

 ふうん。

 そうなんですか。

 アランさんが笑う。

「オリコウサンな答えだろ」

「満点ですね」

 私の返事に、満足そうにウィンクをしてみせる。

「男ってやつは女が思ってる以上に繊細で臆病な生き物だって言っただろ。いつも抱きしめてないと不安になる。だから、しょっちゅう他の女の味見をしたがるんだけどな」

 肩をすくめながらアランさんは私に微笑みを向けた。

「ま、それはオレだけか。怖がらせて悪かったな。ミレイユのところへ連れていくよ」

「空港へ行ってください」

「なんで? 今度は本当に……」

 私は彼の言葉を遮った。

「いえ、いいんです。国際線ターミナルにお願いします」

 アランさんが目を見開いている。

「私、やっぱり日本に帰ります。彼のために。これは愛の問題。私たちの愛の形なんです」

「そうかい」と、アランさんがため息をつく。「それがいいかもな」

 ちょっと失礼、と彼はスマホを取り出した。

「アロ、ミレイユ。今から空港へ行く。ユリが日本へ帰るそうだ」

 スマホをしまってアランさんがエンジンをかける。

 跳ね馬が足を引きずるように車が動き出した。

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