アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
「もうすぐ着きますよ」

 ジャンが前方を指さす。

 森の中にぼんやりと明かりが見え始めていた。

 会話が途切れる。

 三十分ほどのドライブだっただろうか。

 終わってしまうのがちょっと切ない。

 なんだろう。

 こんな気持ち、初めてかも。

 私だって本当はジャンのことを好きだし、彼のことをもっと知りたいと思う。

 でも、心のどこかで、警戒する気持ちも消えてはいない。

 ただ、なんていうか、彼のことを疑いたくないとも思っている。

 わざわざ私みたいな女を選ばなくたって他にもいい人を選べる立場なんだから、お客さんへのおもてなし以上の扱いは不要だろう。

 それなのに私を想ってくれるのなら、冗談でも遊びでもなく、むしろ本当のことなのかもしれない。

 泊まるところをなくした窮地の女に救いの手を差し伸べた王子様がわざわざそんな女をもてあそぶだろうか。

 自分の立場が危うくなるだけだ。

 考えれば考えるほど分からなくなる。

 直感なんて働かない。

 なのに彼は一目惚れだと言う。

 私はどうしてそんなふうに人を一瞬で愛することができないんだろう。

 疑ってばかりいるんだろう。

 失うものなんて何もないのに。

 飛び込んでいけばいいのに。

 何を恐れているんだろう。

 私は自分の左胸を手で押さえた。

 悟られないように隣に座る彼の横顔を見る。

 だめだ。

 見るとかえって分からなくなる。

 彼の表情は真剣で、情熱的で、嘘なんかついているようには見えない。

 でも、私に何が分かるの?

 三十年、恋なんかしないで来たのに。

 何の経験もないのに。

 からかわれているだけ。

 遊ばれて捨てられるだけ。

 ネガティブなストーリーしか思い浮かばなくなっていく。

 でも、考え事をしている時間は残されていなかった。

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