アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
 減速しながら車が近づくと門の柵が自動的に開く。

 車は静かに門柱の間を通り抜けてさっきのシャトーホテルと同じような庭園に入っていく。

 等間隔に設置された庭園灯が淡く通路を照らしている。

 舗装された通路を滑らかに進むと、すぐにベンツが車寄せに止まった。

「ようこそ我が屋敷へ」

 車内から見える建物はさすがにホテルよりは小さいけれど、それでも貴族の邸宅らしい立派な城館だった。

 あちこちの窓に明かりが灯っていて、人の住んでいる温かみが感じられる。

 ふっと肩の力が抜けるのを感じた。

 男性と二人きりで車内にいたことで、相当緊張していたようだ。

 わざわざ意識するまでもなく、やっぱり私は私なんだろうな。

 告白なんかされて舞い上がっちゃってるし。

 ていうか、恋人のふりなんて、私なんかにできるわけないんですけど。

 でも、今さら断ったらお屋敷から追い出されちゃうのかな。

 どこだか分からない森の中でどうしたらいいのよ。

 と、困っていると、運転手のおじさまがドアを開けてくれた。

 やっぱりいい音がする。

 宝石箱を開けるような心が落ち着く音だ。

 なんだか覚悟ができたかも。

 しょうがない。

 なんだか分からないけど、やってみますよ。

 なるようにしかならないもの。

「メルシー・ムッシュー」

 つたないフランス語でおじさまにお礼を言うとフランス語が返ってきた。

「ジュブゾンプリ、マドマゼール」

 たしか、『どういたしまして』だったっけ。

 会話集で見てきた言葉がかろうじて頭の片隅に残っている。

 黒塗りのベンツがゆっくりと駐車場に向かって動き出すのを見送りながら、私はジャンに聞いてみた。

「あの方は運転手さんなんですか?」

「クロード?」と、車を指さしながらジャンが顔を寄せてくる。「執事だけど、運転手としても秘書としても有能でね。いつも僕のサポートをしてくれているんだ」

 クロードさんか。

「本物の執事さんなんて初めて見ました」

「ニッポンのアニメや漫画ではよく見かけますけどね」

 よくご存じですこと。

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