忘却不能な恋煩い〜再会した彼は、恋焦がれた彼女を溺愛する〜
 それは突然だった。

 尋人と二人で食器の片付けをしていたとき、美琴のスマホの着信音が響き渡る。

 洗い物をしていた美琴はタオルで手を拭いてから、カウンターに置いたままになっていたスマホの画面を見た瞬間、美琴は凍りついた。

「美琴?」

 その様子に気付き、尋人は慌てて美琴に駆け寄り、画面に表示された名前を確認する。

『山脇さん』

 美琴は口を押さえたまま動けなくなっていた。あぁ、とうとうこの時が来たんだ……。

「この男?」

 尋人は着信画面を見ながら問いかける。美琴は力なく頷く。

「出ないと……」

 尋人はスマホを美琴の手が届かないよう、カウンターの奥の方へ滑らせる。

「出なくていい」
「で、でも……ちゃんと話さないと……」
「今じゃなくていい。とりあえず今は無視しろ」

 その間に音が鳴り止む。

 これで良かったの? 美琴は不安しかなかった。せっかく中途半端な自分を終わらせるチャンスだったのに……。

 尋人は美琴をソファに座らせると、そのままカウンターへ美琴のスマホを取りに行った。留守電の設定にはしていないようだな。美琴の目に入らないよう着信履歴を消す。念のため、その番号を自分のスマホに控える。

 今も項垂(うなだ)れたまま座っている美琴の手にスマホを載せると、尋人は美琴の前に座り込む。

「美琴、その男とちゃんと終わらせるつもりあるんだよな?」
「当たり前じゃない! ずっとそう言ってる……だから今だってそのことを伝えるつもりだったのに……」
「着信見ただけで凍りついたような美琴じゃきっと無理。あのまま出て、ちゃんと話せたと思う?」

 美琴は袖で顔を覆いながら泣き出した。美琴自身もそれは自覚していた。私はたぶんまた丸め込まれて、有耶無耶(うやむや)にされてしまうんだ。

「美琴は優しいんだよ。だから言えない。とりあえず着信拒否しとけ。上手く行けば自然消滅だ」
「でもそれじゃあ……!」
「ちゃんと別れた事にならない? でも自然消滅だって、別れであることにかわりないよ」
「でも……」
「言っただろ。それは上手くいけばの話。まぁいかない確率の方が高いと思う。今はその時に向けて考える時期なんだよ」

 尋人の言葉が一理あるのはよくわかるが、どうしてもモヤモヤしてしまう。

「あと知らない番号にも出るなよ」
「……わかってる。子どものお説教みたいなこと言わないでよ」
「それだけお前を心配してるってことだよ。俺がいる時以外は、絶対にその男からの電話もメールも出るな。約束してくれ」
「うん……わかった……」

 尋人は美琴の手を握っていたが、返事をした以外、ピクリとも動かない。

 仕方ないので、美琴の手からスマホを取ると、尋人が操作して着信拒否設定にする。

 山脇か……。彼女から聞いた名前と同じ。尋人は昼間の会話を思い出していた。この男はいつまで美琴を苦しめるつもりなんだ?

「美琴、俺がついてるよ。なんてったって彼氏だし」
「……笑えない」
「まぁ……そうだよな」

 尋人も苦笑いをしている。もっと俺に甘えればいいのに……。

「でも……ちょっと元気出たかも。頼りになる彼氏がいて良かったな……」

 その一言で気持ちが抑えきれなくなり、美琴の体を抱き上げると、浴室に入ってシャワーを出す。あっという間に二人はずぶ濡れになった。

「えっ……なんでいきなりシャワー⁈」

 美琴は訳がわからずあたふたしている。その様子を尋人は楽しそうに眺める。

「気分転換」
「気分転換って….びしょ濡れだよ」
「まぁ濡れちゃったし、このまままた二人でお風呂に入ろうか」

 美琴が反論する間もなく、尋人の手がブラウスのボタンを一つずつ外していく。

「昨日も入ったじゃない……!」
「それなら一緒に入るっていうのを習慣にするか」

 美琴は黙っていたが、そっと尋人のシャツに触れ、ゆっくりとボタンを外し始めた。

 尋人はニヤッと笑い、されるがままになっている。そうそう。そうやって美琴がしたいようにすればいい。俺は美琴の全てを受け入れたいんだから。もっとわがまま言っていいんだ。

「これって暗黙の了解?」
「……バカ」

 彼が美琴の気持ちを変えさせようとしてくれていることはすぐにわかった。

 明るい言葉で、美琴が笑えるような雰囲気を作ってくれている。

 尋人が与えてくれる優しさに甘えている自分に気付き、その新しい感覚に驚く。だけど不思議。嫌じゃないの。むしろ尋人になら見せてもいいって思い始めていた。
 
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