彼と私のお伽噺

 そう。これはもちろん、交際しているカップルの会話じゃない。

 婚姻届へのサインを迫る昴生さんの行為は、私に対する強要だ。

「だから、言っただろ。もうちょっと手順は踏むつもりだったけど事情が変わった、って。最低三年は向こうにいなきゃいけないのに、お前のこと置いとけねぇだろ。結婚すれば、家族として連れていけるから、文句言わずにサインしろ」

 何でも自分の思うように物事を推し進めようとする昴生さんは、自分勝手で横暴だ。

 婚姻届にサインしろとか、家族として異動先(しかも海外)についてこいとか、あたりまえみたいにあっさりと言うけれど、彼は私のことをなんだと思っているんだろう。

 無理やりボールペンを握らせようとする昴生さんを、ジッと睨む。

 私に婚姻届へのサインを強要しようたしている彼──、鷹見 昴生は、全国で飲食店経営や不動産事業などを行なう大手企業、TKMグループの社長の息子だ。

 TKMグループは、数年前からアメリカやアジアを中心に海外展開も初めていて。少しずつ海外での市場を広げている。

 社長の三男である昴生さんは、海外との取引も行う営業一課で現在課長を務めている。

 ちなみに、私が春から新入社員として入社したのもTKMグループだ。コネではなくて、ちゃんと自分の力で内定を勝ち取った。

 そんな私と昴生さんは、わけあって五年前から彼の住むマンションに一緒に暮らしているのだが……。私たちの関係は恋人ではない。
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