冷血帝王の愛娘はチートな錬金術師でした~崖っぷちな運命のはずが、ラスボスパパともふもふ師匠に愛されすぎているようです~
13 母からもらったアミュレット
エヴァンはティララを連れて部屋に戻った。
ポスリとベッドの上に腰掛ける。
膝の上にティララを抱いたまだまだ。
そうして、胸に下げていたロケットペンダントを掌の上に乗せると、ティララに開いてみせた。
マンガの中でも、何度かエヴァンが握りしめていたものだった。
それほどエヴァンにとっては大切なものなのだろう。
ティララはそのロケットペンダントを見て驚く。
ティララが母から貰ったアミュレットと同じデザインだったからだ。
金の地に白いエマイユでアネモネが描かれており、その中央には赤いインクルージョンの入った紫ダイヤモンドがはめ込まれている。
ティララがマジマジと見つめているとエヴァンは穏やかに微笑んだ。
そして、ロケットペンダントを開く。
すると、そこに立体映像が現れた。
ティララの母が、赤ちゃんを抱いている。
赤ちゃんは、オパール色の髪に紫の瞳をしていた。
ティララである。
―― ねんねん 猫のけつへ かにがはい込んで それを見て お婆やんが 首を曲げた~ ――
ティララにとって聞き慣れた子守歌だった。
不思議な旋律、意味のわからない歌詞、それでも懐かしい。
ティララの母、ティララと同じオパール色の髪を揺らし、ヨイヨイと赤子を揺らしている。
腕の中の赤子が眠りについたとき、ティララの母はこちらを向いて微笑んだ。
『エヴァン、ティララ、可愛いでしょう? 早くあなたに抱かせてあげたいわ。あなたはこの子を自分の魔力が殺してしまうと心配しているけど、きっと、大きくなったら大丈夫。この子はきっと強くなる。だってあなたの子供ですもの』
ティララの母はそう言うと、愛おしそうに我が子の頬に頬を寄せた。腕に抱かれたティララは寝ているはずなのに、嬉しそうに微笑んでいる。
『また、立体映像を撮るわね』
その言葉を最後に、ホログラムは消えた。
「パパ……これ、ずっと持ってたの?」
エヴァンは頷くと、ティララを抱き上げ、年代物のドロワーチェストの前まで連れて行く。
そして、豪華な彫りが施されたチェストを開いた。
中には、コンパクトのような手のひらサイズの魔法具がたくさん詰め込まれていた。
「ホログラム装置だ」
エヴァンは中のひとつを取り出すと、開いてみせる。
立ち上がったホログラムには、ティララと母が幸せそうに笑っていた。
「ママ……」
温かかった母の胸を思い出し、ティララの瞳の奥が熱くなる。
「このチェストの中はすべて、お前と妻のホログラムだ。好きなときに開けて見よ。いつでも見られるようになっている」
エヴァンはそう笑った。
部屋でひとり待つティララの淋しさが紛れるようにと思ったのだ。
「これ、ぜんぶ……?」
ドロワーチェストの引き出しは五段ある。
ホログラム装置は高価な物だ。
しかも、映像を記録しておいても、魔力が注入されていないと再生はできない。
そのため、魔法が使えないものは、装置以外に魔力も定期的に購入しなければならず、一般庶民には手の出せないアイテムなのだ。
これだけの量のアイテムを持ち、いつでも見られるように魔力を充満させておくのは、闇の帝王だからできることだった。
こんな貴重な物を使って、こんなにたくさん私の姿を残していたんだ……。
一度も会いに来ないから、パパには嫌われてると思ってた……。
でも、こんなにたくさん、ホログラムを持っていただなんて。
会えなくても大事に思ってくれていたんだ……。
ティララは会えなかった時間を埋めるようなホログラムの数にジンとする。
「これしかなくてすまない」
「そんなことないっ!!」
ティララは慌ててブンブンと頭を振った。
ティララ自身は母とのホログラムをひとつももっていなかったからだ。
この魔法アイテム自体は、ティララが住んでいた屋敷にも置いてあった。
しかし、それをひらいてもホログラムなど流れなかったのだ。
きっと、撮影前の魔法具だったのだろう。
ティララの母は、エヴァンに頼まれホログラムを撮影し、貴重なアイテムだったために自分たちの手元には残さず、すべて彼に渡していたのだ。
自分たちのためにホログラムを残さないなんて、ママらしい。
そう思い、ハタと気がつく。
「もしかして、これって……」
ティララはポケットの中のアミュレットをエヴァンに見せた。
エヴァンのロケットペンダントと同じデザインの物だ。
しかし、ティララのアミュレットは開くことができなかった。
「ああ、これもホログラムが記憶されているはずだ。ただこれは、守護の魔法をかけたため開かないのだ。きっとお前の母がお守りとして与えたのだろうな」
エヴァンはそう言うと、中央の紫ダイアモンドを軽く撫で守護の魔法を解除した。
そして魔力を注入し、アミュレットを開いた。
エヴァンが魔力を注入したことで、ホログラムが立ち上がった。
『ほら、エヴァン、あなたの闇の魔力が怖くて会えないって言うなら、ここにメッセージをちょうだい。誰がパパかわからないままになっちゃうわ』
ティララの母の声がする。戸惑った顔のエヴァンが映る。
『う、うむ。俺はお前の父だ。泣く子も恐れる大魔王エヴァンだ』
『やだ、そんなんでいいの? ティララが泣いちゃうわよ?』
『ティララは泣かない!』
クスクス笑う母に、照れたように振り返る父。
その笑顔はあまりにも朗らかで、冷血暴君とは思えないほどの明るかった。
『愛している。ティララ。会えなくとも、俺は絶対お前を守る』
ホログラムのエヴァンが言う。ティララはキュッと心臓が痛くなる。
『俺の力のすべてをかけて、俺がお前を守り続ける』
『あらあら、困ったパパになりそうですね、ティララちゃん』
笑い合う父と母を見て、ティララは思わずクスリと笑う。
そして、エヴァンを見ると、顔を赤くして気まずそうに目を逸らした。
「まさか、こんなものを残していたとは……」
ボソリと拗ねたように呟く魔王の姿がおかしい。
「パパ、ありがとう」
ティララがエヴァンの胸に頬を寄せると、エヴァンがギュッと抱きしめ返す。そこには、ティララに関わることで、傷つけることを恐れるエヴァンはもういなかった。