冷血帝王の愛娘はチートな錬金術師でした~崖っぷちな運命のはずが、ラスボスパパともふもふ師匠に愛されすぎているようです~

2 魔王城へようこそ


「ピィ」

 足元にいた緑のスライムがティララを見上げて不安げに鳴いた。低級モンスターは人語が話せない。しかし、ティララには言葉がわかった。

 このドアの先には、見たことのない父、大魔王エヴァンがいる。突然、今まで離れて暮らしていた父から、一年で一番大きなサバトへ出席するように命じられたのだ。今後ティララが魔王城に住むことを発表するためだった。

 顔を合わせてもいない幼子を、いきなりサバトに呼びつけるという配慮のなさは、さすが冷血帝王である。

「……スラピ……。にげてもいいっていうの?」

 ティララはスライムに尋ねた。スラピと呼ばれたスライムは、プルンと体を揺らしてコクリと頷いた。

「ピィピィ」

「一緒に逃げてくれるって?」

「ピィ!」

 ティララはスライムの言葉にゴクリとつばを飲み込んだ。

 ティララの父である大魔王エヴァンは、気分屋で残酷で無情な男だ。マンガでも眉ひとつ動かさず、勇者を痛めつけていた。命令に背いたとあれば、低級魔族のスライムや、闇の魔力を持たない娘など、一刀両断するかもしれない。魔王の愛を一身に受けた母はもういない。ティララは自分で魔王城に居場所を作らなければならないのだ。

 それにきっと、親代わりに殺されたスライムって、スラピのことだよね。絶対にそんなことさせない!

 ティララは迷いや恐怖を打ち消すように、勢いよく頭を振った。

 腰まで垂れた波打つ白銀の髪がキラキラとオパールのように輝いた。紫色の瞳の奥に赤い光が強く光る。

「だいじょぶよ、パパは、たぶん、わるいひとじゃない」

 ティララは、スライムを見て安心させるように微笑んだ。それは、ティララの母が幼いティララに言い聞かせていた言葉だった。ティララは自分に言い聞かせるように、言ってみる。

 マンガの中の魔王は、娘には冷たかったが、母から聞いている父の姿はそれほど怖いと思えなかった。

 今はママのことを信じるしかないもの! 魔王が悪い人だとしても、私は生きていくために好かれなきゃならないんだもの。好きになってもらううには、自分が好きにならないと! 自分を怖がってる相手を好きになれるわけなんてない。だから偏見で相手を決めつけたらダメ。

 スライムはブルブルと震える。

「だいまおーになにってるの、って? そうだね、だいまおーだから、わるひとか!」

 ティララはフフと笑った。

「でもね、ママはやさしいっていってた。だからしんじる!」

 そしてキリリと顔を上げた。ドアを開ける覚悟を決めたのだ。

 ティララはつま先立ちをした。ドアノッカーには届かなかったので、老婆の手のような形をしたドアノ
ブを掴んだ。ヒンヤリと冷え切っている。ドアノブの手がティララを握り返した。ティララはビクリとする。ドアノッカーがカタカタと不気味に笑う。

 驚かそうとしてるのね? でもマンガが体験できて、実は嬉しいんだ!

「よろしくね!」

 ティララが溌剌とドアに笑いかけると、ドアノブがヘニャリと力を失い、ドアノッカーが頬を赤らめた。幼子を脅そうとした大人げのなさに恥じ入ったのだ。

「勇気あるお嬢ちゃん。大広間は正面だ。気をつけて行くんだよ」

 ドアノッカーが気まずそうにそう言うと、古びたドアが開いた。

 揺らめく蝋燭の火は心許ない。蜘蛛の巣が張られたエントランスホールには、不気味な彫像が建ち並んでいる。
 中央には大きな花瓶があり、枯れた花が入ったままだ。
 その奥に白い影がユラユラと揺れている。女の亡霊がティララの様子を窺っているのだ。

 黒猫がティララの前を横切って、立ち止まりニャァと鳴いた。

 まるでダークファンタジーのオープニングみたい!!

 ティララはワクワクとした。前世のティララは、妖精や幻獣の溢れるダークファンタジーが大好きだったからだ。

 せっかくこの世界に生まれ変わったんだもん! 怖がってないで、満喫しなきゃ!!

 エントランスホールの両サイドには上階へ上がる階段があり、階段を上りきった中央に黒光りした大きなドアがあった。

 ティララはポテポテと階段を上って行く。
 古い石造りの階段は、真ん中がこすれてへこんでいる。
 ドアの正面に立つと、大広間の重そうなドアは自然に開かれた。

 一斉にティララへ視線が集まる。静まりかえった大広間に、ティララは戸惑った。どうしたらよいかわからずに、正面を見る。

 正面の王座には恐ろしいほど美しい男が悠々と座っていた。ティララの父である大魔王エヴァンだ。
 真っ黒なマントが艶やである。

 年齢は不詳。もう、自分の年も忘れたと聞く。
 紫がかった銀髪は、絹糸のようにサラサラとしたストレートで、彼女とは似ても似つかない。
 シャンデリアの光を反射してアメジストのように光る瞳。薄い唇、氷像のように白い顔、スラリとした鼻。
 黄金律に違いないと思わせるプロポーション。完璧すぎる美しさは、まさに悪魔的な妖艶さだ。

 実物はこんなに綺麗だったんだ……。

 ティララは思わず見蕩れ、大きくため息をついた。

 大魔王エヴァンは、長い足を優雅に組み、金の肘掛けに肘をついたまま、見下すようにティララをチラリと確認し、フイと目を逸らした。

 マンガで知って知ってたけど、やっぱり、嫌われてるんだ。これはなかなか前途多難そう。

 ティララは少しガッカリした。

 物心ついたときから、父に会った記憶はない。
 母からは、大きくなれば迎えに来ると言われていたが、実際の父は登城するように馬車をよこしただけで、迎えには来なかった。
 それでも、実際に会えば違うのではないかとティララは少し期待していたのだ。

 しかし、今、初めて会った娘を一瞥し目を逸らした。

 だからって、逃げるわけにはいかないの!
 生き延びて、この世界を満喫するために、自立しなきゃ!
 そして、自立できるまではパパに好かれなきゃいけないんだから!


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