冷血帝王の愛娘はチートな錬金術師でした~崖っぷちな運命のはずが、ラスボスパパともふもふ師匠に愛されすぎているようです~

23 泥棒猫


 ティアラは呆気に取られ、頭の先からつま先まで舐めるように見た。

「にゃ、にゃぁぁぁん」

 黒猫はもう一度鳴いた。甘えるような声だ。

「か、かわいい……! もっふもふ!」

 ティララは手をワキワキさせて近づいた。

「ねこさん、さわってもいいですか?」

 黒猫はフルフルと頭を振ってあとずさりする。

「こわくないですよ?」

 ティララはジリジリと近づいた。

「ママ、ボクのほうがモフモフ。アイツ泥棒!」

 ルゥが不機嫌に吐き捨てた。

「はっ! そうだ! 泥棒猫!!」

「声が大きいニャ!」

 猫は慌ててティララに飛びかかろうとした。
 その瞬間、ルゥの尻尾が膨らんで、毛の一部が猫に向かって発射した。

「ギャ!! カーバングル!! サイアクニャ!!」

 猫はシャーシャーと騒ぐ。ルゥの毛が太くて硬い針となり、猫の服の周りに突き刺さった。
 猫は仰向けになって床に拘束されている。

「ママすごい? ルゥすごい?」

「ルゥすごい! いいこね!」

 ティララはルゥをナデナデしながら、マジマジと黒猫を見下ろした。

 なんだろう。猫のモンスター?
 それとも妖精? 『ヘブヘル』には出てこなかったキャラクターだ。
 モフモフ巨大猫もふりたい……。どうしたら、懐くのかな?

 ティララは目を擦ってみる。すると長方形の吹き出しが現れた。

【ケット・シー:妖精 大錬金術師 好奇心旺盛】

 ケット・シー!! しかも、大錬金術師!?
 もしかして、錬金術について教えてもらえるチャンスかも。

 ティララはもう一度目を擦り、黒猫を見つめた。

「ママ、これ、どうする?」

 ルゥがティララに尋ねた。ティララはニヤリと笑う。このチャンスを逃す手はない。

「ねこさん、ふつうのねこじゃないよね?」

 ティララの問いに、黒猫は目を逸らし白々しく「にゃー」と鳴いた。

「おはなしできるよね? ケット・シーでしょ?」

「……」

 黒猫は無言で目を逸らし、わからないふりをする。

 ティララは顎に手を当ててうーんと考える。

「おはなしわかるはずなんだけどな。れんきんじゅつしだし」

 ピクリ、猫の尻尾がブワリと膨らんだ。耳はイカ耳になっている。

「違うニャ!」

 シャーッと牙を剥く猫を無視して、ティララは笑った。

「あ、やっぱりおはなしできた! ここでなにしてたの? かってにはいっちゃだめだよ?」

「お前だって勝手に入ったニャろ!」

「だってここ、わたしのだもん」

「嘘つきニャ! ここは魔王の物だニャ!」

「さいきん、パパからもらったの」

「……パパ? もしかして、お前、噂の魔王の娘かニャ?」

「うん、パパはまおうさまよ? だから」

 にこーっとティララは笑った。

「うそついちゃだめよ? れんきんじゅつしさん」

 ティララは黒猫の前にかがんで顔をのぞき込んだ。

 黒猫はハーっと深くため息を吐く。

「……オレは錬金術師と名乗ったことはニャい! 錬金術師と呼ばれたこともニャい!」

 黒猫の錬金術は一流だ。
 しかし、錬金術師のギルドに属さない、野良の錬金術師だった。

「でも、れんきんじゅつできるでしょ?」

 ティララは疑いもなく言った。なにしろ吹き出しに表示されているのだ。間違いはない。

 自信満々なティララのもの言いに黒猫は観念した。

「……秘密だったニョになにもかもお見通しとは噂通りだニャ」

 ティララは意味がわからず首をかしげた。

 黒猫は驚いたようにピンと耳を立てた。

「ハニャ!? オレには魅了の魔力なんか効かニャいぞ!」

「そんなのないよ?」

 黒猫は目を逸らし不貞腐れたように鼻を鳴らす。

「れんきんじゅつしさま! わたしにれんきんじゅつをおしえてください!」

「ハニャ?」

 黒猫は呆気にとられた。

「ニャンで、オレニャ? 魔王に頼めば一流の錬金術師を家庭教師につけてくれるニャろ?」

「……パパにね、まえにおねがいしたの。そしたらだめっていわれたからじぶんでさがしてるの」

「駄目?」

「パパ、れんきんじゅつしはきらいなんだって……」

 ティララはションボリと答えた。

「まぁ、高等魔族は錬金術を馬鹿にしてるからニャ。それに、魔王の娘なんニャから錬金術なんて必要ニャいだろ? 魔法でババーンと」

「まりょくがないの」

 ティララは黒猫の言葉を遮った。

「魔王の娘ニャのに?」

 こくり、ティララは頷いた。

「嘘ニャ」

 ティララはうつむき、小さな声で答えた。

「うそじゃないもん……」

「冗談は止めるニャ」

「しょうがないでしょ! ないものはないんだもん!!」

 ティララはキッと顔を上げた。

「まぞくはみんな、わたしをやくたたずだっていう……。でも、わたしだって、すきでこんなふうにうまれたわけじゃない!」

 魔力がないことも、青い血に生まれたことも、ティララが望んだことではない。
 魔王の娘ではなく人の子として生まれていたら、白い目で見られることもなかっただろう。

 しかし、生まれを嘆いてもなにも変わらない。
 不幸のヒロインに酔っていては、自由な未来を勝ち取れない。

「いまのままじゃ、ずっとやくたたずのままだもん! パパにずっとたすけてもらうだけのあしでまといはいやなの!」

 涙がにじむ瞳の奥で小さく光る決意。

 黒猫はたじろいだ。彼女は子供だ。
 大人に庇護されるべき存在で、それを気に病む必要はない。
 まだまだ自立にはほど遠い年齢なのだ。

 それなのに、こんなこと言うニャンて……。 魔王とはどれほど酷い男ニャのニャ……。

 黒猫はティララを気の毒に思った。完全なる誤解である。

「……ちょ、ちょっとくらいなら教えて……」

「ほんと!?」

 ティララはバッと期待のまなざしを向ける。黒猫は冷や汗をかいた。

「いやいやいや! 違う違う間違えニャ!!」

 黒猫はグラグラと揺れ動く心を振り切るように、ブンブンと頭を振った。

「ねぇ。ちょっとだけ」

 ティララは黒猫の脇に膝をつき、ベストの裾をちょこんと摘まんで、おねだりするように甘えてみる。サキュバスたちに習ったやり方だ。

 黒猫はタジタジとして目を逸らした。

「……ちょっとだけ……ニャら……。しっかりしろニャ!! オレ!! 魔王は錬金術が嫌いニャんだろ? ダメニャ、ダメニャ、ダメニャ。バレたら面倒なことにニャる!」

 黒猫は自分に言い聞かせる。小さな気の迷いが、命を奪うことがあるのだ。

「ねこさんのことはわたしがまもるから! ぜったいにひみつにするから!」

 ティララの必死な言葉が、胸に矢となって黒猫の胸にトスと刺さる。
 黒猫は迂闊にもキュンとした。

 くぅ! 守れるわけなんかニャいくせに……! なんて健気ニャんだニャ!!

 もふもふの尻尾をパシンと床に打ち付けて、ほだされそうになる気持ちを振り切る。

「それでも……、それでも、駄目ニャ!!」

 黒猫はそう吠えた。吠えてから、言い過ぎだったかとチラリとティララを見た。

 ティララは瞳を潤ませて今にも泣き出しそうだ。

 黒猫は罪悪感にさいなまれる。

 駄目ニャ!! 絶対、駄目ニャ!! こんなふうにして、頼み込むぐらいニャ。相当きつく禁じられてるんニャ。そんな娘に錬金術なんて教えたらただではすまないニャ。

 想像するだけで、ゾゾゾと毛が膨らんでくる。

 ティララは悲しそうに呟いた。

「そっかぁ……、ざんねん。なら、パパにどろぼうつかまえたっていわなきゃならないな。かなしいな。わたしはねこさんにしんでほしくないけど、しかたがないかなぁ……」

 頼み込む姿勢から脅す姿勢に態度を変えたティララを見て、黒猫はゴクリとつばを飲んだ。

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