冷血帝王の愛娘はチートな錬金術師でした~崖っぷちな運命のはずが、ラスボスパパともふもふ師匠に愛されすぎているようです~

29 ニャゴ教授のお腹の上


 朝の雨が嘘のように、気持ちよく晴れた午後。

 ニャゴ教授と知り合って半年。すでに秋となっていた。
 秋の七草が生い茂る魔王城の庭は、爽やかな風が吹いている。
 おどろおどろしい城さえなければ、とても美しい庭だった。

 ティララとルゥはフンフンと鼻歌を歌いながら、籠を持って魔王城の林の中を歩く。
 ニャゴ教授の尻尾もご機嫌に揺れている。
 セイヨウカノコソウを籠に入れ、ラベンダーを摘む。
 ティララはふと気がついてニャゴ教授を見た。

「ニャゴきょうじゅ、ラベンダーだいじょぶ? ぐあいわるくなる?」

 ラベンダーは猫には危険だと言われていたことを思い出したのだ。

「んニャ? あ、ああ。小さい猫には危険だニャ。……そもそもオレは猫じゃないニャ!」

 憤慨したように怒るニャゴ教授だが、フワフワの長い尻尾も、三角の耳も、どこからどう見ても大型の猫である。

「え? そうニャの?」

 釈然としないティララに語尾がうつる。

「そうニャ!! 妖精ニャ!」

「ようせい……。そういえば、ニャゴきょうじゅ、サバトこないね。『まぞく』と『ようせい』ちがう?」

「難しいニャ。大まかな分類では妖精は魔族の一種ニャ。でも、妖精はモンスターと違って闇の魔力は必要ないニャ。だから、魔王の眷属じゃないし、サバトにはいかないニャ。それにサバトには強いモンスターが集まるから、招待でもされない限り人間や妖精、弱い魔物は近づかないニャ。食われるかもしれないからニャ」

 ティララはニャゴ教授を見上げた。

「きょうじゅ、たべられちゃう? わたし、あぶないこと、むりなこといった?」

 不安になって尋ねる。
 魔王城の倉庫に忍び込むような錬金術師だったから、モンスターに襲われることを考えてもいなかった。
 もしそうなら、相手にとっては相当危険なことで脅迫をしていたことになる。
 そんなつもりはなかったティララは顔を青ざめさせた。

「ごめんなさい! きょうはく、ほんきじゃなかったの。だから、やっぱり、なかったことに……」

 ニャゴ教授はポフンとティララの頭を撫でた。

「オレは強いから平気にゃ!」

「ほんとう?」

「本当ニャ! あれだって脅迫なんかじゃなかったニャ! 脅迫された振りをしてオレが負けてやっただけニャ、本気を出せば……」

 言いかけて口を噤んだ。
 ティララの肩に乗っていたルゥが不機嫌そうに尻尾を膨らませ、尖った赤い針を彼に向けたからである。

「……あー、まぁ、だから、気にするニャ!」

「でも」

「うるさいニャ! 気にするニャったら気にするニャ!」

 ニャゴ教授はティララを抱き上げると、片腕に乗せて走りだした。

「早くしないと間に合わないニャ! キキョウの雨粒を集めるんニャ!」

 二メートル近いニャゴ教授に抱き上げられて、ティララはキャーッと喜んだ。
 高い目線は新鮮で、ずんぐりとした体型の割りに、素早く走る教授の頭にギュッと抱きついた。

 青紫や白のキキョウが生い茂る林に到着すると、ニャゴ教授はティララに瓶を二本渡した。

「青い花に溜まった雨粒は青い瓶に、白い花に溜まった雨粒は透明の瓶に集めるニャ」

 ティララは言われるままに雨粒を集めた。
 草木に付いた朝露や雨粒は、集めて精錬することでさまざまな特殊効果を得ることができるのだ。
 特に、浄化の魔力を持つティララが集めた素材は、最初から純度が高くより高い効果を得られることがわかっている。

 そんな理由もあり、ニャゴ教授は素材集めにティララを連れて行くことが増えていた。

 ティララもそれは嬉しかった。
 『ヘブヘル』世界の独特な魔草や薬草など、実物に触れ効果をつぶさに教わることができたからである。

 ティララがキキョウの花びらの先に瓶の口をつけると、ルゥがチョンと花を揺らす。
 すると花粉と朝の光を含んだ雨粒が、コロリと瓶の中に転がり落ちる。
 それがなんとも心地よく、ティララは夢中になって雨粒を集めた。

 瓶の中身が一杯になったところで顔を上げるとニャゴ教授がいない。

 迷子になっちゃった?

 不安になってキョトキョトと辺りを見回す。ルゥがスルリとティララの頭に登った。

「ママ、あっち!」 

 ルゥの尻尾が示すほうに顔を向ける。林の先に小高い丘があった。
 一本だけスックとたった木の下に、教授はゴロリと寝転がっていた。
 緊張感の欠片もなく、大の字になっている。いわゆるへそ天状態である。

 ティララが駆け寄ると、教授の鼻先に止まっていたモンシロチョウが、驚いたように逃げていく。

 ティララは気持ちよさそうに上下するモフモフのお腹を見て、眠たくなってきた。
 あふ、とあくびをする。
 ルゥも小さくあくびをした。

 ティララはもふもふの脇にこっそり頭を滑り込ませ、そっとニャゴ教授の隣に寝転がった。
 まったく気がつかない様子の教授に、ティララはそうっとすり寄って、ふわふわの毛皮に顔を埋める。

 すると教授がうっすらと瞼を上げた、眠そうにニャゴニャゴという。

「ティララ……腹の上に乗るニャ……」

 そう言って、ティララを優しく抱き上げ、自分の腹の上に乗せた。
 もふもふの尻尾が布団のようにティララの上に乗っかった。

「おもくない?」

「ちょうど良い重さニャ……。ティララ、温かくて腹に乗せると気持ちがいいニャ……。お前、オレの懐炉になれ……」

 ゴロゴロと喉を鳴らしながら、ニャゴ教授は再び瞼を閉じる。
 ピスピスと寝息を立て始めた。

 ティララは嬉しくなって顔がにやける。

 もふもふ、気持ちいい。
 教授、あったかくて、やさしい。

 心の中がホンワリと温かくなる。まるで天日干しされたばかりのホカホカ布団にくるまれているように幸せだ。
 ルゥも気持ちが良さそうに目を閉じた。

 乾いた大地の匂い。
 閉じた瞼を撫でていく、空を巡る雲の影。
 サヤサヤとそよ風がキョウの花を揺らしてゆく。

「このままずっといれたらいいのに……」

 ティララにとってニャゴ教授は特別な存在だった。
 ニャゴ教授の前でなら自然な自分でいられるのだ。
 欲しいものを欲しいと、嫌なものは嫌だと言える。
 意地悪もできるし、甘えることもできる。

 エヴァンの前ではどうしても『嫌われたくない』と思ってしまい、物わかりのよい子を演じてしまう。
 また、モンスターたちはティララを「姫」とあがめるから、戸惑いを隠せない。

 教授は私が「姫」だと知っても、名前を呼び捨ててくれるから。

 ティララは小さく笑う。

 最初の出会いが最悪だったもんね。
 だから今更気取ってもしょうがないと思える。
 でも、おかげで自然な自分でいられる。
 ニャゴ教授の側は楽ちんで好き。

 ティララはギュッとニャゴ教授に抱きついた。
 教授は気がつかないのか、無反応だ。
 大きなもふもふに顔を埋め、ティララは眠りの森に誘われていった。

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