冷血帝王の愛娘はチートな錬金術師でした~崖っぷちな運命のはずが、ラスボスパパともふもふ師匠に愛されすぎているようです~

39 悪魔の契約


「奥方が人間の錬金術師にひどい目に遭わされたことは知っています。同じ目にティララちゃんにあってほしくないのもわかります。しかし、魔力のないティララちゃんが、この先、錬金術師に対抗するには、錬金術を修めたほうが良いのでは?」

 ベレトの言葉にティララは息を呑んだ。

「……ママが?」

「ああ。……しかし、この話はしたくない」

 エヴァンは言葉少なく答えた。

 たしかに、ベレトの言葉は一理ある。しかし、ずっと魔王城で暮らせば安全だ。
 人間の錬金術師は魔王城の中まではやってこない。
 間違っても魔王の娘に手を出すことなどないだろう。

「ティララはここにいればいい。俺が守ってやる」

 苦虫をかみつぶしたような顔で、俯くエヴァン。
 ティララは父の骨張った手に、自分の手を乗せた。

 パパは私を守ろうと必死なんだ。
 だからこそ、私もうわべの笑顔で強請るんじゃなくて、真剣に、必死に、お願いしなくちゃいけない。

 エヴァンの手は硬くて冷たい。
 もふもふでふわふわのニャゴ教授とは正反対だ。それが、まるで割れやすいガラスのようで切なく感じた。
 
 エヴァンの手をギュッと握る。エヴァンは気まずそうにティララに目を向けた。

「パパがわたしのことまもってくれるのはうれしい」

 そう言って、ものおじもせず魔王を真摯に見つめ返してくる紫の瞳。
 固い意志が、瞳の奥で赤く燃えている。

 その赤い光を見て、エヴァンはゴクリとつばを呑んだ。

「でもわたしはちからがほしいの。パパのせなかにかくれる『おひめさま』じゃなくて、ひとりでたちむかうことができるティララになりたい」

 エヴァンはその決意の目映さに眩暈した。

 これは許すほかないか……しかし……。

 エヴァンの心は揺れ動く。本当はティララの望みはすべて叶えてやりたいのだ。
 ただ、自分の欲求と折り合いをつけるのが難しい。
 エヴァンは魔王だ。
 今までずっと、自分の望みは誰が立ち塞がろうと、すべて叶えてきたのだから。

「おねがいです。パパ。わたしにれんきんじゅつをまなばせてください」

 ティララはギュッとエヴァンの手を握りしめた。そして深々と頭を下げる。

「わたしには、ニャゴきょうじゅがひつようです」

 胸元の『水脈導く球』がカラリと音を立てた。
 導きの石が回ったのだ。
 そして、金色の光が『水脈導く球』からあふれ出す。
 レーザービームのように真っ直ぐに伸びた光が、執務室の窓を突き抜ける。

「水脈導く光!!」

 ベレトが眩しげに窓を見た。
 エヴァンがチッと舌打ちをする。
 執務室の窓枠に、マントをかぶった大きな黒猫がヒラリと現れた。
 そのまま窓を突き抜けようとして、結界に阻まれる。

「ニャゴ教授!!」

 ティララが慌てると、金色の目がニヤリと笑った。

 教授は指先で魔法陣を描く。
 ガタガタと窓の鍵が悲鳴を上げ、パキリと壊れた。
 ニャゴ教授は窓を押し開け、トトンと執務室の床に下りた。

「迎えに来たニャ。ティララ」

 ティララはエヴァンの膝から飛び降りた。しかし、すかさずエヴァンはティララを抱き上げる。

「ならぬ」

「!! パパ!!」

「……しかし、猫。お前が本当に実力ある錬金術師だというのなら、ティララの師として迎えよう」

 これがエヴァンにとっては最大限の譲歩だ。

 ニャゴ教授は鼻を鳴らした。

「オレを試す気ニャ?」

「自信がないなら、今すぐ去れ」

「まさか! それで、オレはなにをすればいい」

「なに、簡単なことだ。錬金術が役に立つことを証明してみせろ。『魔道具の墓場』に眠る伝説の帆船スキーズブラズニルを見つけ出し、直せ」

 スキーズブラズニルとは、太古の昔に作られた伝説の帆船だ。
 帆を張れば、いつでも風を受けられ、空も飛ぶと言われているのだ。
 しかし、伝説上の存在だと思われていた。
 なにしろ、今の技術を持っても、小さな小舟ですら空に浮かせることはできないからだ。

「スキーズブラズニルがあるのニャ!?」

 ニャゴ教授は動揺していた。ティララも同じように驚く。

 なぜなら、マンガの設定では、スキーズブラズニルは錬金術師アクシオンの持ち物だったからだ。

 まだ、魔王城にあるの?
 収蔵リストにはたしかに載っていたけど……。
 『魔道具の墓場』のどこかにあるの?

 ティララはあの多くの収蔵品を思い返し、眩暈を感じていた。

 エヴァンはフフフンとほくそ笑み、頷いた。

「ある」

「……わかったニャ」

 ニャゴ教授は頷いた。

「きょうじゅ、だいじょぶ?」

 エヴァンに抱きかかえられたまま、ティララは不安げにニャゴ教授を見た。

 マンガの設定どおりなら、『スキーズブラズニル』はアクシオンの物になるはずだ。
 すでに盗まれている可能性もあり、見つけ出せないかもしれない。

 ティララはそう思い心配になる。

 教授はティララの頭をポフンと叩く。

「気安く触るなっ!」

 エヴァンはシャーっと威嚇する。これではどちらが猫かわからない。

「大丈夫ニャ。それに、伝説の船スキーズブラズニルニャら、直してみたいニャ!」

 瞳をランランとさせ、尻尾はピーンと立っている。やる気満々といったところだろう。

 それを見てティララはホッとする。

「期限は一週間」

「ハニャ!?」

 ティララは焦った。思わずニャゴ教授のような声がでた。

「パパ、『まどうぐのはかば』のりすとをつくったけど、そこにはなかったよ? どこにあるかもわからないのにいっしゅうかんはむりよ! もしかしたら、あそこにはないかもしれない」

「だからなんだ? 俺には関係ない」

 エヴァンは鼻で笑った。

「本当にエヴァンはいじわるでちゅね~」

 ベレトの言葉に、ティララがウンウンと頷く。

「嫌なら諦めろ」

 エヴァンは引かない。

 ティララはペシリとエヴァンの手の甲を叩いた。

 エヴァンはショックで固まった。

 ティララはエヴァンの腕をウンショと解く。
 スルリと腕から抜け出して、ニャゴ教授のもとへ走った。
 ワシッと教授のもふもふのお腹に抱きついて、エヴァンへ振り返る。

「にゃごきょうじゅはわたしがまもる!! わたしもいっしょにしゅうりする!」

 スキーズブラズニルが錬金術師アクシオンの手に渡る前に、ニャゴ教授が直したら、私も無理やり結婚させられなくてすむ!
 絶対に負けられない!!

「なにを!!」

「それに『まどうぐのはかば』のかぎ、わたしがもってるもん!」

「たしかにそのほうが良いですね。師弟関係の相性も見極められますし、ティララちゃんの適性もわかります」

 シレッとベレトが答える。ピィピィとスラピも援護しているようだ。

 イーッとルゥもエヴァンに牙を剥きだして見せた。

「それは、……そんなのは、ゆるさん」

「自信がないニャ? ティララがオレの手伝いをしたら直すに決まっているからニャ。魔王のくせに弱気だニャ」

 挑発するようにニャゴ教授が笑えば、エヴァンはグヌヌと歯がみした。

「……わかった」

 渋々とエヴァンは頷く。

 ティララとニャゴ教授は向かい合って、お互いの手を合わせた。
 ポニョンと肉球が揺れる。

 エヴァンはティララのもとに駆け寄って、ニャゴ教授から引き離すようにすて抱き上げた。
 そして高らかに宣言する。

「期限は明日から一週間。それまでに、スキーズブラズニルを探しだし、空を飛べるように直せ。できたら、お前をティララの師として魔王城に迎えよう! できなかった場合は、二度とティララに会うことは許さん」

 ニャゴ教授は不敵な顔で頷いた。

「やくそくよ? パパ」

「うむ。『悪魔の契約』を結ぶ」

 エヴァンが頷く。
 『悪魔の契約』は誤魔化すことは許されない。
 反故にすることも、破棄することもできないのだ。

 ニャゴ教授は、ゴクリとつばを飲み込んだ。

「『悪魔の契約書』、ここへ」

 ベレトが指を鳴らす。
 すると羊皮紙が二枚と魔法の羽根ペンが飛んできて、先ほどの宣言を書きつけた。
 そして、そこにエヴァンが指先でサインを書く。ニャゴ教授も爪の先でサインを書いた。

「これで契約は結ばれました」

 ベレトは二枚の契約書をクルクルと巻き、紐をかけ、その結び目に蝋で封をした。
 それを、一通づつエヴァンとニャゴ教授に手渡す。

「ティララちゃんを泣かさないでくださいよ」

 ベレトはコソリと教授に耳打ちした。教授は契約書を丸めた筒で、コンコンと自分の肩を叩いた。気まずそうに苦笑いをする。

「今夜はよく眠るんニャぞ! 明日の午後に『魔道具の墓場』で待ち合わせニャ」

「! それじゃ、まにあわないよ!」

「大丈夫ニャ。それよりグッスリ眠るんニャ。化粧で隠しても寝不足がバレバレニャ」

 ティララは慌てて目の下を押さえる。

 ぽにょん、とニャゴ教授の肉球がティララの頭に触れた。ポワンと温かい光がティララを包み込んだ。
 エヴァンが慌てて、一歩下がる。

「ティララに触れるな!」

「安心してグッスリ眠るんニャ」

 ニャゴ教授はそう笑うと、ヒラリと身を翻し、窓から外へ飛び降りていった。

 エヴァンの腕の中では、安らかな寝息を立てて眠るティララがいた。
 ニャゴ教授に言われよくよく見れば、薄化粧の目元には青いクマが透けて見えた。
 しかし、その顔は穏やかだった。

 久々に見る幸せそうな寝顔に、エヴァンの胸は締め付けられるように痛い。

 この顔を作ったのがあの猫なのか。

 ギリと歯を噛みしめて、ギュッとティララを抱きしめた。
 ティララの首に巻き付いていたルゥがキュッと鳴き声を上げる。

「エヴァン……、ちょっと、大げさですよ」

 ベレトが呆れて小さく笑う。窓の外に目を向けると、小糠雨(こぬかあめ)がカーテンのように魔王城を包み込んでいた。


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