冷血帝王の愛娘はチートな錬金術師でした~崖っぷちな運命のはずが、ラスボスパパともふもふ師匠に愛されすぎているようです~

45 伝説の帆船スキーズブラズニル

 
 ベレトは魔王城の上空を見上げていた。サバトの夜である。
 真夜中の空に、金色の月が浮かんでいる。

 大広間は魔族たちが狂乱を日繰り広げている。
 エヴァンはティララのいない膝を持て余していた。

 ティララがくる前までは、俺はいったいなにを思い、ここにいたのか。

 ムッツリとして、王座でふんぞり返る。賑やかなサバトだが味気なく感じた。

 契約の時間まであと少しだ。0時を過ぎれば、ティララは俺の膝に戻ってくる。

 エヴァンの横に立つベレトが窓の外を見やり笑った。

「金色の月がまるで猫の目のようですね」

 ベレトが言えば、エヴァンは不機嫌な顔で鼻を鳴らした。

「あの忌々しい猫を思い出すからやめろ」

「まぁまぁ」

「どうせ、それも今日で終わりだ」

 フンと鼻を鳴らすエヴァンを見て、ベレトは肩をすくめた。
 魔王エヴァンが提案した勝負だ。そもそも負けるつもりはない難題を用意したのだろう。
 意地が悪いとも思うが、そもそも魔族は自分の欲望を優先する。
 どんな手段を使おうと、勝った者が正義でルールだ。

 ティララちゃんが失敗したら、折衷案を考えてあげなければいけませんね。
 新しい錬金術師を探すのか……。女の錬金術師ならエヴァンも折れるでしょう。
 魔族にそんな者はいたか……。
 最悪はサキュバスに教え込ませるか?
 いや、彼女には無理でしょうね……。
 だとすると、錬金術以外のものに興味を向けさせるのか……。

 ベレトは肩をすくめ、ため息を吐いた。

 すると、乱痴気騒ぎの大広間に不穏な音が響いてきた。
 バラバラとした機械音だ。
 ベレトは音のする方向へ目を向けた。窓の外だ。

 満月の光を浴びて、大きな鯨が浮かんでいる。ベレトは思わず目を擦る。

 見たことのないモンスター……。いや、あれは!

「エヴァン!! 外を見てください!!」

 ベレトが叫ぶ。

 エヴァンは面倒に思いながら窓に目を向ける。
 中秋の名月。
 その横に明らかに空には異質な物体。伝説の帆船スキーズブラズニルだ。

 ガタリ、立ち上がって窓へ駆け寄った。
 バルコニーへと飛び出す。
 まだ夏の残り香を含んだ温かい風が、バラバラというプロペラ音とともに吹き込んでくる。
 大きな船が月光を遮り、影を落す。

「なんだあれ?」

「うわー!!」

 魔族たちが次々に窓際に押し寄せる。
 そしてあんぐりと口を開けて機械仕掛けの鯨を見上げた。

 ギシギシと音を立て、鯨の大きな口が開いた。
 その口の中には、二足歩行の大きな猫が、ティララを抱いて立っていた。

「姫様だー!!」

「ケット・シー!?」

 ワアワアと盛り上がる魔族たち。エヴァンは呆気にとられた。

 シュルリ、契約書がニャゴ教授のがま口カバンから飛び出す。
 エヴァンの契約書が執務室から飛んでくる。
 二枚の契約書は、互いに向かい合い礼をするようにぐにゃりと曲がった。

 そして、ベレトが宣言する。

「伝説の帆船『スキーズブラズニル』を発見し、修理が行われた。ここに契約が履行されたことを証明する」

 ベレトの言葉に、二枚の契約書は正面からぶつかり合った。
 そのまま二枚はもつれ合いながら上空へ登っていく。
 そして、パーンと大きな音を立てて、四尺玉ほどの巨大な花火が開いた。
 柳のように金の火花が降り注ぐ。

 ティララは思わず手を伸ばす。その様子をニャゴ教授が笑う。

 ふたりは満面の笑みで見つめ合い、ギュウと抱きしめ合った。

「でんせつのふね」

「スキーズブラズニル!!」

「さすが姫様!! 姫様、万歳!!」

「万歳!!」

 魔族たちはお祭り騒ぎだ。

「な! ベレト!! 勝手なことを! 魔王は俺だ!!」

「けして違えることのできない『悪魔の契約』をもちだしたのはエヴァン、あなたです」

 ツンとベレトが答える。

「……契約など……!」

 エヴァンは歯がみして、ニャゴ教授を睨みあげた。
 教授はドヤ顔でエヴァンを見下す。
 エヴァンが悔しさで顔をしかめると、満月が黒い雲で覆われた。

「やはり、許さん!」

「でも、エヴァン、ティララちゃんのあの笑顔、奪う勇気はありますか?」

 ベレトに指摘され、エヴァンはハッとした。

 満面の笑みのティララ。
 しかし、髪は乱れ、顔も汚れている。
 白いエプロンはしわくちゃになり、ところどころシミがある。

 この一週間、ティララは頑張ったのだ。
 存在すら怪しまれていた伝説の帆船を見つけ出し、しかも、空を飛ぶまでに直してみせた。

 にこやかだったティララが、月を遮る叢雲に気付き不安げに空を見上げた。
 そしてエヴァンを恐る恐る確認する。

「……パパ、やっぱりおこってる?」

 悲しげに曇る笑顔が痛々しい。

 ティララには笑っていてほしい。あんな顔はさせたくない!

 エヴァンはギュッと拳を握った。

「っ! クソッ!! クソッ!! クソが! クソ猫が!!」

 ダンと足を踏みしめて、エヴァンは顔を上げた。
 そして、苦虫をかみつぶしたような顔をして、言葉を吐き出した。

「……王女ティララの師として、ニャゴ教授を魔王城へ迎え入れることとする」

 ワァと魔王城が盛り上がる。
 妖精たちが歌を歌い、魔物たちは飛び跳ね踊る。

 スキーズブラズニルはエヴァンの立つバルコニーの前に下りてきた。
 ティララはニャゴ教授にバルコニーに下ろしてもらう。

 そして、ピョンとエヴァンに飛びついた。

「パパ、ただいま!」

「……おかえり、ティララ」

 エヴァンはギュッとティララを抱きしめる。乱れきった髪、汚れきったワンピース。猫と魔法の香りが染みついている。一見すれば汚いティララだ。

 しかし、そんなティララがエヴァンにはキラキラと輝いてみえた。

「よくやった」

 エヴァンの口から自然とそんな言葉が零れる。そんな自分自身に驚いた。

 悔しいはずなのに。なんで、こんなに誇らしいのだろう。

「負けたはずなのに、嬉しいとはな」

 エヴァンは苦笑いをする。そして、ニャゴ教授を見た。

「ティララを傷つけることは許さん。一雫の血液もこぼさせることはならん」

「あたりまえだニャ」

 ニャゴ教授は不敵に笑った。

「スキーズブラズニルを復活させし者として、『大錬金術師』を名乗ることを許す」

 エヴァンはそう言うとパチンと指を鳴らした。手のひらに黄金の勲章が現れた。
 羽を持つ蛇がメビウスの輪を形取り自身の尾を咥えている。
 ウロボロスを模(かたど)ったものだ。

「ティララ、これをニャゴ教授へ」

 エヴァンはティララに勲章を手渡した。
 ティララはそれを持ち、ニャゴ教授は近づいた。ニャゴ教授はティララの前に膝をつく。

 ティララはニャゴ教授のベストに、ウロボロスの勲章を付けた。ニャゴ教授は満足げに笑う。

「ウロボロスニャ。悪くないニャ」

「これからもよろしくおねがいします。だいれんきんじゅつしさま」

 ティララは深々と頭を下げた。

 魔王城が拍手喝采で溢れかえる。
 ザワザワと庭の木々たちが、体を震わし喜んでいる。晴れ渡った夜空には、中秋の名月がふたりを祝うように煌々と輝いていた。

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