背伸びしても届かない〜恋を知った僕は、君の心に堕ちていく〜

* * * *

 尚政が補講のために大学に行った時だった。試験を終えた構内は、普段に比べて静けさに包まれている。

 ここ最近は疲労困憊気味だった。今日はこの後に予定もないし、久しぶりに早めに家に帰って休むとするか……そんなふうに考えていた時だった。

「千葉尚政さんですよね」

 背後から声をかけられ振り向くと、一人の男が立っていた。高校生だろうか。顔はなんとなく見覚えがあるが、どこの誰かははっきりしなかった。

「覚えてないですかね? 前に水族館でお会いしたことがあるんですけど」

 そう言われてようやく思い出した。一花に声をかけてきたあの生意気な同級生だった。

 なんでこいつがここにいるんだ? 尚政は自然と顔がひきつる。

「高校生がなんでここにいるのかな? 今日はオープンキャンパスじゃないよね?」
「いろんな人から先輩の話を聞いて、知り合いに頼んで先輩のことを教えてもらったんです。ちょっとお話したいなぁって思って」

 睨むように尚政を見る姿からは、楽しい話でないことは明白だった。

 尚政はため息をつくと、親指を立てて奥の方を指差す。

「じゃああっちで座って話す? ここじゃ暑いし」

 尚政は構内のカフェに向かう。きっと一花のことだよな。そう思うとまたため息が漏れる。なんで今来るかな……。

「コーヒーでいい?」
「あっ、自分で買います」
「いいよ、別に」

 尚政はアイスコーヒーを購入すると、空いている席に運んだ。向かいの席に座った彼は、
「ありがとうございます」
と言ってお辞儀をした。

「俺、君の名前知らないんだけど」
「あっ、篠田恭介(しのだきょうすけ)です。海鵬の高校二年です」
「ふーん……。で、篠田くんは俺にどんな話があるわけ?」

 尚政は無表情のまま篠田に問いかけた。すると彼は再び尚政を睨むように見る。

「雲井さんのことです。彼女の友達から、中学の時からずっとあなたに片想いしてるって話を聞きました。でも水族館で会ったあなたは、雲井さんをまるで自分のもののように扱っていたじゃないですか。あれは一体どういうことなんですか?」
「別に……普通にデートしてただけ。付き合ってなくたってデートくらいはしない?」
「……するかもしれませんが、あなたを好きだという子を三年も振り回して、何も返事をしないっておかしくないですか? 彼女の気持ちを弄んでいるようにしか見えないです」

 まぁ側から見ればそうなのかもしれない。なるほど、俺が一花を弄んでいる……か。

「君はさ、俺と一花のことを何も知らないよね。俺たちがどういう気持ちで一緒にいるかわからないのに、周りの人の意見と自分の主観だけで俺の所に来たわけだ」
「それで十分じゃないですか?」
「物事の本質を知らないくせに、想像だけで俺の所に来て、自分の考えを押し付けるんだ」
「……!」
「人が言うことが全て正解だと思ってんの? 真実なんて本人しか知らないし、本人が口を閉ざせば真実は語られないんだよ」
「じゃあ説明してくださいよ……」
「嫌だね。話す理由がない」

 どうして二人のことを、関係ない第三者にとやかく言われないといけないんだ。ただでさえ一花のことで悩みの種が尽きないのに……。

「雲井さんの気持ちに応えるつもりはないんですか? 俺は……雲井さんがあなたといて幸せなのかわかりません。でも受け入れるつもりがないなら、あなたから彼女を突き放してくださいよ。無駄な時間を過ごしている彼女がかわいそうだ……」

 一花がかわいそう……今まで一花の想いに甘えていたことは認める。でも彼女は俺のそばにいるとかわいそうなのか?

「もう終わりにしてあげてください……。コーヒーごちそうさまでした」

 篠田はコーヒーを飲み干すと、席を立って走り去った。

 残された尚政は、ただ項垂れていた。やっぱり一花は俺のそばにいない方がいいのだろうか……。
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