月の夜 雨の朝 新選組藤堂平助恋物語

3 隠れ鬼ごっこ

 

 その日最後の客を見送ると名都(なつ)は自分に与えられた小さな部屋に戻る。

お白粉、落とさんと……

本当は化粧を落とすのも面倒なくらい疲れてる、早く寝たい
急いでお白粉を落とし薄い布団に体を横たえると眠いはずなのに昼間の出来事が思い出される。

あのお侍さんの名前聞くの忘れてしもうた

雨上がりの朝の草露みたいな涼やかなひとやったなあ……名都は若侍の凛としたたたずまいを思い出す。

もう会うこともあらへん……忘れよう

名都は布団を頭からかぶって泥のように眠りに落ちた。

 ー 翌日の夕刻
 昼の客が帰ってしまうと夜に遊び来る客に備えて早めの夕餉を済ませるのが店の習慣となっている。名都も簡単な食事を済ませ化粧しようと鏡に向かったところで、店のおかみが新しい反物を何本か抱えて名都の部屋に入ってきた。
「名月ちゃん 」店での名前で呼ばれる
「白菊が春からお座敷にでるようになったさかい新しい着物作るんやけど、名月ちゃんもよう稼いでくれてるから着物一枚作ってもかまへんえ。
好きなん選びなはれ 」
 そういって持ってる反物を広げ 目についた一本を名都の肩から合わせてみる。

「……でもぉ、うちはお座敷には上がらへんし お客はうちの着物なんか気にせんからもったいないわ。
白菊ちゃんに二枚つくったげてええんよ 」
肩からかけられた美しい反物をお母さんに返す。
「まあ、そう言わんと。ほれ、これなんかように合うとるわ。外見もきれいにしとかんと新しいお客がつかへんさかいな。何本か置いておくさかい明日までに決めといてや 」
この店での外見と中身とは“容姿”と“心根”といったものではなく
“装飾品”と“身体”ということになる。

これ、きれいやなぁ……濃紺に金の刺繡が入った反物を見ていると
襖の外から男衆に声を掛けられる

「名月はん、ご指名でお客さんやけど……」
「……はぁい。お仕度したらすぐ行きます」貝殻に入った紅を唇にひくと幼さの残る名都の表情に色気がさす。
それがよいという客も多い。お白粉を丁寧にはたく。
うちは太夫さんみたいに格式はあらへんけど、うちがええと思ってきてくれはるお客さんのために
きれいでおりたい……そんな気持ちから化粧も丁寧に施す癖がついていた。

おかあさんのいうとおり新しい着物も作ってもええかもしれんわ……

 化粧を終えると自室を出て客の待つ部屋へと向かう。部屋の前で襖にそっと手をかけ中にいる客に声をかけながら襖を開け挨拶するしきたりとなっていた。

「名月どす、ようおこしや……す 」
息をのむ、客として座っていたのは昨日の若侍だったからだ。
若侍が丁寧にお辞儀を返した

「……来ておくれやしたんどすな、おおきに 」
部屋に入って若侍の隣に座る。ついてきた禿が簡単な酒肴を並べ部屋を出ていくと二人きりの部屋は静かさが増す。
「まさか来てくれはると思わへんかったから、えらいびっくりしました 」銚子を取り目配せすると
若侍が盃を取るので酒を注ぐ。
「お酒、お強いんどすか? 」

場をつなぐ言葉を探しながら名都は混乱する。またこの人に会えてうれしい、そんな気持ちが沸き立つのは初めてだった。

「いえ、嗜みますが……格別というわけではありません 」

恥ずかし気に微笑みながら初めて若侍が口を開いた。その返事が酒は強いのかという質問に対する返事だと気づくのにしばらくかかる。

うち、どないしたん……

そうや、この人の名前!

「せや、昨日はお侍さんのお名前聞くの忘れてしもうて……お名前なんていわはるんどすか 」
「藤堂平助と申します。 」そう言って盃の酒をぎこちなく飲み干した。
品のある平助のなんとなく落ち着かないそぶりに部屋の空気はよそよそしいままである。

  気まずい空気を先に破ったのは平助だった。
「あの……今日はお借りしていた手拭いを返しに来ただけなんです。店からちょうど出てきた男衆さんに、名都さんがいるか尋ねたところ客と間違われ部屋に通されてしまいました 」
懐から小さな包みを取りだしさらに包みをほどいて丁寧にたたんだ手拭いを出すと名都のほうへ差し出した。
「こちらは洗っておきました。新しいものを返すと言ったのにまだ買いにいけてなくて申し訳ない 」
「これ、うちのお気に入りで大事にとってたんどす。持ってきてくれてうれしい 」

 わざわざ洗って届けてくれた気持ちがうれしくて名都に笑みがこぼれた。
その笑顔にようやく平助も緊張がとけたような笑顔を見せ盃を差し出した。
「もう少しいただいてもいいですか 」
「このお酒、お口にあいましたん? おかわりもらってきましょか 」
「ええ……緊張したら喉が渇いてしまいました 」

名都が目を丸くして平助の顔を覗き込む。

「藤堂はん、こういうお店に上がるのはじめてどすか? 」
「そういうわけではありません……いえ、京では初めてですが……参ったな 」

照れたように笑う平助を見て名都はクスクスと小さく笑う。
「京へはいつ来はったん? 」

「2か月ほど前になります。 江戸から……」
「江戸からどすか。ええなぁ、行ってみたいわ 。京とは全然違うんやろなぁ…… 」
「そうですね、 全然違います。 京ではまだまだ戸惑うことばかりです。
名都さんは江戸でやってみたいことありますか 」
「……そやなぁ、墨田川の花火見ぃたいわ 」
「ああ、それなら特等席知ってます。 道場の仲間と早くから場所を確保するんです。
そこに酒を持ち込んだりして結局花火より酒盛りになってしまいますが。
夜店で飴細工を買ったりもしたなぁ……甘いものは好まないのですが細工が細かくて飴屋が作ってるところを見るのが楽しいんです。 」
「そうなんどすか……楽しそうやなぁ。 うち紙風船取るのやりたいなぁ 」
「紙風船のコツがあるってしってますか? 」

目を輝かせて語る平助をかわいく思い笑顔で聞き入る名都に
「すみません。 一人で話してしまいました 」と照れる平助に本当にいいひとやわと好感を持つ。

「そんなこと……お話聞いてるのん楽しいどす。 せや! 昨日、いっしょに来てはった上役さんも道場のかたどすか? 藤堂はんは幕府のお役人さんなんどすか? 最近は京にいろんな藩のお侍さんが来やはって島原も賑やかになったんどす 」

京へ何をしに来たのか、気になって当然だろう。

「幕府の役人ではありませんが志を持って京に上りました。 でもいまだに何も果たせずです……」
「志……? 」

「はい……黒船のことは知ってますか? 」

名都がうなづく

「黒船来航以来、世の中騒がしくなりずいぶん住みにくくなった。 帝を敬い、上様の警護をするために京へ来たのに何もなさずにただ壬生でくすぶってる…… 」

壬生?……まさかこの人は……
江戸から浪士が大挙してやってき壬生を占拠しているのは知っている。その浪士たちはツケで島原でも遊んでいる。 名都の店はまだ被害にあってないが刀を振り回して暴れるなどやりたい放題と聞く。

この優しそうで品のある人が……すこぶる評判の悪い通称“壬生浪”やったなんて。

顔を曇らせた名都に平助は静かに語る

「京で浪士組が嫌われていることも知ってます…… 」そう言って苦笑している。
「壬生だけではなくこちらの島原でも迷惑をかけていると思います。でも江戸を発つとき心に誓いました、立派にお役目を果たしたいと……その気持ちは今も忘れていません。 いつそういった機会に恵まれるかわからず焦るばかりですが…… 」

名都は顔を上げまっすぐに平助の目を見た。
「……うちには難しいことはわからしまへんけど、藤堂はんは今はまだ…… 」
「まだ?」名都の視線を受け止めて平助が先を促す。
「かくれんぼぅの鬼なんやと思います…… 」
「……鬼、とはどういうことでしょう? 」
「かくれんぼぅの鬼は最初に目ぇつぶって数を数えますやろ 」
「……ああ 」

 平助も子供のころには学問所や道場の子供たちと鬼ごっこやかくれんぼなどして遊んだものだ。
今でも沖田などは壬生界隈の子供たちを集めて鬼ごっこをしている、芹沢に同行する用がなく
平助が暇そうにしていると沖田に駆り出されることも何度かあった。

「せやからまだ何も始まってへんのやと思います。 今は追いかけっこを始める前の用意を整えてるとこなんやないんどすか……でもいつまでも数を数えてる鬼はいてません。
藤堂はんもうすぐ志が叶う日が始まるん違いますやろか……偉そうに聞こえたらかんにんどす。でもうちはそう思います 」

志を持つ男子たるもの、特に真面目な平助ならどれほど今の状況が苦々しく、焦燥感に苦しむ日々を送っているのか計り知れないと思う。

昨日は上役が廓遊びする間、従者のように雨の中傘もささずに待っていた平助……

そんなことのために京へ来たのではないだろうに。そんな日々にいら立つこともあるだろう。

名都は平助が膝にきちんとそろえた手の上にそっと自分の手を重ねる。

「……! 」

驚く平助の目を見つめて「藤堂はん、つぅかまえたっ! 」そう言ってほほ笑んだ。

そうだった、平助は理解する。なぜ、今日ここへきてしまったのか……この女の笑顔がもう一度見たくて
やってきたんだと。

「私のことは、藤堂ではなく平助と呼んでください。 では今日はこれで帰ります 」
自分の手の上に重ねられた名都の手をそっと離すと立ち上がり廊下に出る襖に手をかけようとした時、
名都が襖の前に立ちふさがる。

「……名都さん 」平助が少し困った顔をしている。 自分は平助を困らせているのか……

「平助はん……次は平助はんが鬼の番どす。 鬼やのに逃げたらずるい 」

行灯の灯りに照らされた名都の瞳が揺れ、紅をさした唇がわずかに開いている

「……もう 」平助は名都の細い手首を強くつかんだ

「もう、つかまえてる…… 」名都を引き寄せ抱きしめた

そのまま平助が顔を近づけ唇が触れ合いそうになる直前、名都がいやいやという風に小さくかぶりをふった。
「あきまへん……」

我に返ったように平助は名都から身体を離す

「また来ますから……会ってください 」

平助が部屋を出ていくと名都はその場にしゃがみこんだ。 

なんで……? 初めて身体を売った日以来流したことのない涙が溢れる

あの人はお客でうちは遊女や、好きになんかなったらあかんのや……




 夜でも賑やかな島原も大門を抜けると屯所まで壬生菜畑をひたすら歩くだけの田舎道である。
高ぶる気持ちを静めるにはちょうど良い距離だろう……

男衆に部屋に案内されたときに代金も支払わされていた。 
なけなしの金をはたいても会いたい……そう思った

 抱きしめた時、かぶりを振った名都が腕の中で震えているのが分かった

俺は客だ、あのまま押し倒してもよかったはずだ
だけど……できなかった
また会ってほしい、などと口走ってしまった

ばかすぎて自分に腹が立つ……






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