スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜
 私は長谷川くんの隣の席に腰掛ける。
 何か話題を口を開こうとするも、先に話し出したのは長谷川くんだった。

「……センパイは旦那さんと最近ですですか」

「えっ、どうしたの唐突に」

「いや別に……ちょっと気になって」

 長谷川くんは頭をかきながらゆっくりと私に視線をよこした。
 待合室の患者を呼ぶ看護師の声を横に、私は頭を傾けながら長谷川くんの瞳を見つめ返す。

「……全然普通だよ。慣れないことも多いけど、普通に楽しく暮らしてる」

「……楽しく。よかったです」

 私は「うん」と頷く。
 
「そういや、センパイ風邪っすか? 病院にいるなんて」

 私の心臓はその質問を受け、どくりと跳ねた。長谷川くんはまだ私が足を怪我したせいでパリ・オペラ座バレエを退団したことを知らないのだろう。
 あまり心配させないように私は明るく言った。

「私ね、向こうでちょっと怪我しちゃったせいで今もあんまり踊れなくなっちゃって。今はリハビリ中なんだけど、やっぱりトウシューズで足を酷使すると痛む時もあるからその検査と薬を貰いに来たの」

「……っ!」

 長谷川くんはいつもはほとんど変わらない容貌に分かりやすく驚愕の感情を浮かべた。
 すぐに無表情に戻るも心配をかけてしまった罪悪感を覚える。故に話を切り替えようと口を開いた。

「長谷川くんは? 今日病院に来たのって……」

「それは────」


「お兄ちゃん!」

 長谷川くんの声を遮るように、幼い少女の可愛らしい声が響く。私たちは声の主に顔を向けた。

「沙彩、検査は終わったのか」

 長谷川くんに沙彩と呼ばれた少女は10歳くらいの女の子で、隣には看護師さんが付き添っていた。

 お兄ちゃん──ということは。
 私はなんとなく長谷川くんが病院に来た理由を察した。

「うん、大変だったー」

「沙彩ちゃん、よくがんばっていましたよ。お兄さんが今日お見舞いに来てくれるって朝から張り切っていましたし」

「そうか、よく頑張ったな」

 看護師さんの答えに長谷川くんは沙彩ちゃんの頭を撫でた。撫でられていた沙彩ちゃんは満面の笑みを浮かべ、ご機嫌な様子だった。

 その様子を微笑ましく見守っていると、頭を撫でられながら沙彩ちゃんが私に視線をよこす。その瞳の中には好奇心が宿っていた。
 
「ねえ、お兄ちゃん! その人は?」

「あ、えっと私、長谷川さん──お兄さんと同じ時期にバレエスクールに通っていた蓮見紗雪です」

「紗雪、お姉さん?」

 頭を傾けて私をじっと見る沙彩ちゃんに「そうだよ」と答える。
 すると沙彩ちゃんは考え込むようにして小さく唸り始めた。
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