いらない物語(続・最初のものがたり)
7
しばらく黙って勇磨の後ろを歩いた。

東テラスと南テラスの中心にある、
噴水広場までやって来た。

ライトアップされた噴水は
恋人達や家族連れの憩いの場になってた。

みんな、幸せそうなのに。

そこで、立ち止まった勇磨は、
振り返って、私を見た。

反射的に目を逸らした。

目を合わすのが怖い。

体が冷えて震える。

手のひら、親指の下辺りに、
ドクドクと音を立てて血が流れて
行くのを感じる。

「ナナ、ずっと、ちゃんと話したかった」

やだ、待って。

聞きたくない。

お願い。

勇磨に言われたくない。

だったら、私が。

勇磨を見た。

「いいよ、もう。分かったから。
言わないで、いいよ。
私だって先生がいいもん。
そりゃそうだよね、うん、うん。」

勇磨の言葉にかぶせるように言い切った。

眉を寄せて、表情が硬くなる勇磨。

黙ったまま、私の顔をじっと見る。
心の中まで見ようとするように。
怖い、怒ってる。

でも、目線は外せない。

そのまま笑顔まで作って、
私は大丈夫って、悪あがきをした。

だって、勇磨に言われたら立ち直れない。

自分で手放す方がいい。

「分かったから。大丈夫。
私は大丈夫だから。さよなら」

それだけ言って逃げようとする
私の手首を勇磨はぎゅっと掴んだ。

コートの上から。

直接、手は握ってくれない。

「さよなら、って何?」

冷たく刺さるような視線で
私を凍らせる。

体がガクガクする。

空気が重い。

また目を逸らして、
ひたすら自分の足元を見た。

「ふーん。あ、そ。
俺があの先生と付き合ってもいいんだね。
お前はそう思うんだ。」

な、なん。

その言い方、何?

なんで、勇磨が怒るの?

反射的に顔を上げて、勇磨を睨んだ。

どういうつもり?

なんで、私を追い詰めるの?

私、自分から引いたのに!

なんで!

でも、分かんない、表情が読めない。

ただ、まっすぐに私を見ているだけ。

心臓が、手のひらが、体がガクガクする。

これ以上、惨めになりたくないから。

騒ぎたくないのに。

必死で心を落ち着かせる。
わざと茶化す言い方をした。

「自立した大人の女性って、
先生の事じゃん。落ち着いていて
余裕のある立ち居振る舞いで
身のこなしが素敵で・・・。」

ポカンとする勇磨。
でもハッとして。

「ああ、昨日のか。
そっか、へぇ、あの先生って、
そういうイメージか。
もっとあざとい感じだけどな。」

目力が強くなる。

「で、俺のタイプだって、事か。」

そうだよ、そうでしょ。

なんなの、さっきから!

そんな事を言いに来たの?

そんなの聞きたくないんだよ。

私に触りたくないくせに。

もう、好きじゃないくせに。

こんなの、ひどい!

離してよ、もうっ。

振り解こうとしても、
ぎゅっと掴まれ離せない。

「俺がいつ、
アイツを好きだって、言った?
そんな事言った覚えも態度もないけど」

でも、好きでしょ。

話してるじゃん。

名前で呼ばせてるじゃん。

触らせるでしょ。

「だから、俺と離れるの?
俺が先生を好きだから。
身を引くの?俺と離れられるの?
諦められるんだ。」

なんだよ。その言い方。

私、ずっと我慢してたのに。

私以外の人、好きって言わないでよ。

聞きたくなかったのに。

分かってたよ、そんなの。

涙が溢れそうになる。
必死に堪えた!

「そう、そうだよ、悪い?
だって、もう、勇磨、
私のこと、好きじゃないじゃん。」

首を傾げる勇磨。

「うん?なんで?」

だって。

「ツバサくんと2人で会うの、
怒らなかった。
前はすごく、嫌がったのに。
昨日だって、その前だって、
私が嫌な事を言っても、
取り合わないで流すじゃん。
それに。
今だって、私に触わらない。
いつも嫌ってくらい触るのに。」

苦笑いして、私を見る。

「人を変態みたいに、言うな。」

はぁー、っと大きなため息をつく。

「ナナは、
俺がナナを好きじゃなくなったら、
俺を諦められるんだね。
忘れるんだ。
それぐらいの気持ちなんだ」

なんだよ、それ。

何を言ってるの?

勇磨が他の人を好きなのに、
私だけ1人、
勇磨を好きでいろって言うの?

勝手な事言わないで。

私、ギリギリなのに。

私だって我慢してんの!

泣きたくない。

泣いて困らせたくない。

そこまで思って我慢してた涙が溢れた。

また自分の足元を見つめる。

もう、うるさい!

バカ勇磨!

嫌だよ、できるわけないじゃん!

諦めたくない。

離れたくないよ。

勇磨に言われなくても私は、
絶対に諦めるなんてできない!
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