ピアニスト令嬢とホテル王の御曹司の溺愛協奏曲
第二楽章 政略結婚の相手、初恋の相手
「うあああっ! 私、本当に何てことを……!」

 あれから、およそ半月後。
 日本に戻って母の実家である京都の旅館に帰省中の私は、あの夜のことを思い出して羞恥のあまりごろごろとベッドの上を悶え転がっている。

「まさか、知らない人と一夜をともにするなんて。それも、自分から誘いをかけるだなんて……!」

 自分で自分のしたことが信じられない。
 誤解しないでほしいのだが、私は断じて痴女ではない。ただひたすら音楽に身を捧げてきた人間で、あんなふうに衝動的に誰かの熱を求めたことなど人生で一度もなかった。
 だがあの瞬間だけは間違いなく、私は目の前の男の存在を渇望した。彼は何度もその選択で後悔しないのかと私に問いかけてきたが、私は全てをはねのけて彼に縋ったのだ。
 これは否定したくても出来ない事実である。

「あれは全てお酒のせいよ。自覚はなかったけれど、相当酔っていたに違いない。そうでなかったら、あんなことするわけないから……」

 翌朝、自分が知らない男と寝てしまったという衝撃の事実に直面した私は、彼が起きる前に手早く身支度を済ませた。
 そして酒代と宿泊費と迷惑料を兼ねて財布にあるだけ全ての現金をベッドサイドに置くと、ホテルから脱兎のごとく駆け出していったのである。
 良くない行いだと思いつつも、彼と面と向かって話し合う勇気はなかった。
 それから即座に帰国の途につき、今に至っている。

「ああもう、過ぎたことを考えている場合じゃないわ。だって、今日はお見合いの日なんだから!」

 ぱんと自分の頬を叩き、あの夜の幻影を振り払うようにぶんぶんと首を振る。
 そうなのだ。実は今日、私は人生で初めてのお見合いを控えているのだ。

「一応、これって政略的な意味のあるお見合いなんだよね。これからうちの旅館がお世話になる相手なのだから、粗相のないように気をつけなくちゃ」

 今日対面するお相手は、母の実家の旅館がその傘下に入ることになった、海外の大規模ホテルグループの御曹司。この上なく丁重にお迎えしなくてはいけない人なのだ。
 ただ、お見合いを行うかどうかも、その結果として結婚をするかどうかも、私の意思を最大限尊重すると先方は言ってきたそうだ。さらに破談になっても契約には影響しないという確約まで得ているらしい。
 先方は私たちよりも圧倒的に強者の立場にあるはずなのに、これではあまりにも下手に出てきすぎではないだろうか。そんな不可解さはあるものの、そこまで言ってくださるのならばと私はこの話を受けることにしたのだった。

「このお見合い……冷静に考えてみても、先方に私と結婚する旨味が大してないのよね。もう傘下に入ることは決定事項なのだから。母のファンが私を介して繋がりを持ちたいと思っているとか、ありがたいことに私自身のファンであるとか、そういう個人的な事情があるなら分からないでもないけれど」

 そんなふうに色々と考えてはみたものの、考えたところで結論が出る問題ではないので適当なところで思考を放棄する。
 家族も私の気持ちを尊重すると言ってくれているので、今日のところはひとまず気楽な気持ちでお見合いの席に臨もう。
 そう思っていたのだけれど――。
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