エリート弁護士は契約妻と愛を交わすまで諦めない
「何言ってるのよーこの子は。まぁ夢みたいにありがたい話だけど」
「よかったなぁ、ゆず。お父さんは嬉しい」
母は笑い、父は嬉し泣きをしている。
あれ、これマジな話?
突飛な話がようやく現実のことだと捉えた途端、汗がぶわっと一気に噴き出してくる。これは、呑気に傍観している場合ではない。慌てて和気あいあいとする三人の元に大股で近づく。
「ちょっ、ちょっと、朔ちょっと来て!」
まだごはんを食べている朔の腕を掴んで部屋を出る。二階の私の部屋まで駆け上がると、ドアをバタンと勢いよく閉めた。
「ど、ど、ど、ど」
「落ち着け」
「どど、どういうつもり!?」
動悸と混乱で言葉が追いついてこない。やっと絞り出した問いに朔はまったく表情が変わらない。
「言っただろ。なんとかしてやるって」
「だからって、結婚とか本気?」
「本気。それが一番手っ取り早くて自然だろ。みんなに祝われてここを出ていける。煩わしいこともなくなって、自由になれる」
つらつらと述べられて、私は次の言葉が出てこない。私が知る朔はこんな冗談を言うタイプではない。家族を巻き込むようなこともしない。でも、本気というのも腑に落ちない。
だって、昨日再会したばかりなのだ。しかも、話したのは帰り道の数分だけ。当惑して視線だけ寄越す私に朔は目を閉じて嘆息を漏らした。
「実は、俺もいろいろ困っててだな」
「困ってる?」
「そう、取引先の社長に気に入られて自分の娘と見合いしないかってしつこいんだ」
朔の能面にも明らかな渋さが浮かび上がる。朔がここまで顔に出すとは本当にしつこいのだろう。
「俺は元々結婚願望なんてない。親が離婚してるから、あんまりそういうのに夢見てない。うちの母親も結婚しろと言わないしな。ただ、その社長が周囲から固めていくっていうか、俺の上司とか先輩とかからも『いい年なんだし、一度縁談受けてみたら?』とか言ってきてウザい」
「そ、それは大変だね」
「そう、邪険にもできないから、のらりくらりも限界がある。元々取引先とはプライベートで繋がるなんて面倒なだけだ。いくら条件よかろうが、気位が高い令嬢なんて気を遣うだけだろ。でも、この先『独身なのか、結婚しないのか』って言われ続けるのにも辟易してきた」
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