エリート弁護士は契約妻と愛を交わすまで諦めない
「いただきます」
ふたりで席について手を合わせる。私はスープから食べ始めた。ミネストローネは優しいトマトの酸味と甘みがじんと身体に染み込む。ジャガイモやニンジンなどのいろいろな野菜が小さなサイコロ型に切られて入っている。こういうスープは食べやすいのと栄養が取れるから、普段からよく母親が作ってくれていた。こういうところもちゃんと聞いていたのだろうか。
私の前では両親は体調に関して朔に言っていなかった。私の知らないところでやりとりしているのかもしれない。
「おいしい。朔、料理できるんだね」
「これを料理というのかっていうレベルだけどな。切ってぶち込んだだけ」
「十分料理でしょ。私、働いてた時はもっと粗食だった。っていうか、コンビニ食が多かったかも」
「俺も。忙しいとそうなるよな」
朔の言葉に愛想笑いで返す。私の場合は忙しいからという理由だけではなく、料理がそもそも苦手だからだけど。元カレに手料理を強請られても四苦八苦でレシピを検索して作った。一品作るだけで疲れて、密かにデパ地下の物を買ってきて皿に移して出したこともある。自分ひとりの時は、ほとんど外食かコンビニだった。
今では、四人掛けテーブルで男と向かい合い、作ってもらった食事を食べている。それが十年以上会っていなかった幼馴染で結婚もした。
やっぱり、まだ現実味がない。
未だに夢なのではないかと思う気持ちがある。
「今日はひとりで大丈夫だったか?」
「うん。ちょっと周辺を探索したよ。すごくいいところだね」
「気に入ったのならよかった」
「でもさ、私これでいいのかなって思っちゃった」
「どういうこと?」
「みんな働いてるのに、こんなのんびりして」
「別にいいと思うけど」
「そ、そうかな?」
「だって、俺は柚瑠が少しでも健やかに暮らしてくれていたらいいわけだし。誰か他人に迷惑かけてるか?」
「かけては……いない」
「ならいいだろ。っていうか、お前は真面目に考えすぎなところがある。しかも、マイナス方向に。もっと気楽に生きろ」
「そ、そっか」
「余計なこと考えずに、お前はここで好きなことしてろ」
朔はもぐもぐと白米を食す。
いいのか……私。
確かに誰にも迷惑をかけていない。責められてもいない。朔も困っていない。ならいいのかも。
悩んでいても結論が出ないわけだし、今はのんびり、気楽にいけばいいのかもしれない。
私はミネストローネをまた一口飲んだ。やっぱり、とても優しい味がした。






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