エリート弁護士は契約妻と愛を交わすまで諦めない
「私は相変わらず仕事でアメリカでね。お互い仕事第一で夫婦生活が破綻して別れたけど、憎んでいたわけではないから駆けつけたい気持ちはあったの。でも、結局自分を優先させた。今思えば一日でもいいから帰国すればよかった。あの人が弱音を吐くなんて一度もなかったのに」
「連絡はずっと取り合っていたんですね」
「ええ、朔がいるからね。私が無理矢理連れていったようなものだし。結局、仕事ばかりで実家の両親に預けて……母親失格よね。って話が逸れたわね。ごめん」
「いえ」
「それで、やっと私が日本に帰ったのはあの人の葬式の日だった。朔はずっと亡骸の傍にいたわ。その姿がなんだかとても悲しくてね。本人は泣いているわけではないんだけど、朔はもっと父親の傍にいたかったんだなとわかったの。私たちが離婚を決めて、朔はそれに対して泣きもしなかった。それをいいことに私は朔のことを優先してこなかった。守っているつもりで、奪っていた」
朔は我慢強い。離婚の後も変化はなかった。母親と離れて暮らしていることへの文句を聞いたことがない。元々喜怒哀楽が少ない子供だった。でも、それが私にはとても心許なく見えた。今にも消えてしまいそうな蝋燭の火みたいな。
十にも満たない子がそんな境遇で辛くないわけがない。だから、心配で周囲をちょこまかとしてお節介を焼いていた。それで少しでも気が紛れるなら私は嬉しかった。
「我を通すことだけしてきた私がまた結婚しても、周囲を振り回して、傷つけるだけかもしれない。会社と社員を守らないといけないし、実現したいことも山ほどある。その皺寄せが家庭に出る。それなら結婚しないほうがいい……って、はぁ、ごめんなさい。新婚さんに言う話じゃないわね」
「いいえ!むしろ話してもらえて、少し嬉しいです。こう言ったら失礼かもしれませんが……」
「ううん、こちらこそ。話を聞いてもらえるだけで楽になったわ。なかなかこういう話ができる人いないから」
京子さんはコーヒーカップを持ち上げる。少し、疲れたような、寂しそうな瞳がカップの中を見つめる。
社長としてみんなを扇動していく姿は勇猛で頼り甲斐があるけど、本人はずっと孤独と戦ってきたのかもしれない。欲しいものと引き換えに大切なものを手放してきて、そのたび傷ついてきた。それを隠して笑うことも仕事のうちだと割り切って。
「朔は京子さんのこと恨んでないと思います。一度も朔から悪口とか愚痴を聞いたことないですし。前に言ってくれたんです。『人間やり直そうと思ったらできる。絶対に諦めなければ』って。だから、京子さんのことも応援してくれると思います。結婚だって、京子さんが望むことなら、きっと彼は喜ぶと思います」
朔は基本的にドライだ。でも、誰かのために戦う力も持っている人で、他人を大切にでき、何がその人にとって最善かを理解しようとする。それが自分の母のことなら尚更強いはず。
「ありがとう、柚ちゃん」
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