客観的恋愛曖昧論〜旅先の出会いは、運命の出会いでした〜

* * * *

 五番札所の語歌堂(ごかどう)は無人のお堂のため、お参りを済ませてから長興寺(ちょうこうじ)の納経所に行って御朱印をいただくことになっている。

 語歌堂に着くと、二葉は今までになく熱心に手を合わせていた。それを見て、匠は何となく感じるものがあった。

「二葉?」

 匠は背後から二葉を抱きしめる。二葉はその手を掴み、頬を寄せた。

「……ここってね、秩父の札所の中で唯一の准胝観音(じゅんていかんのん)様なんだよね。准胝っていうのは『限りない清浄』を意味してるんだって」

 辛いことも苦しいことも、傷付いた人たちが癒されますように……そして……。

「あとは子授け、安産でしょ? 二葉、また先生のこと考えてるんじゃない?」

 二葉は驚いたように目を見張ったかと思うと、今度は下を向く。

「うっ……ごめんなさい……」
「まぁいいよ。自分だけじゃなくて、誰かの幸せのためにお参りをする気持ちも大事だと思うからさ」

 匠は笑顔で二葉の頭を撫でる。その優しさが、二葉の胸を苦しくさせた。

「でもそっか……。子授けと安産……ねぇ二葉、そろそろ俺たちの子どもでも考えちゃう?」
「えっ⁈」
「だって子授けと安産だよ。俺たち二人だってアリじゃない?」

 にっこり笑う匠に対して、二葉は顔を真っ赤にして挙動不審になる。

 その動きの意味が、嬉しいからなのか、それとも困っているのかは匠にはわからなかった。

 俺は今すぐにでもいいんだけどね。そう思いながら、匠は二葉の背中を叩く。

「さぁ、先に行こうか。九番の明智寺で二葉が愛してやまない如意輪観音様が待ってるよ」
「あっ、そ、そうだった!」

 二葉は匠が差し出した手を握り、長興寺へと歩き出した。
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