まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~


「まぁ気づかないわよね。不思議な力を持っているっていっても、今では普通の人に近いから。みんなと同じ食事をとればお腹は膨れるし、血を沢山流したり深い傷を追ったりすれば死んでしまう」


そこまで言って、花田さんはテーブルの真ん中に置いてあった、例のブローチを手に取った。


「だからね、私にとってのこれも、今ではただのおやつなのよ」

「………おやつ?」


外が暗くなり、蛍光灯が照らす部屋の中、人工の光を集めながら紫色のブローチは相変わらず妖艶に輝いていた。


「これは私の力の結晶でね、持っている人の夢……主に記憶を通じて食事ができるの」


「「……………」」


横にいるまどかと見つめ合う。

……………記憶と通じた夢。なんだか私にとって、とても覚えのある単語だ。


私が落としたものを身に着けていたまどかも、ご多分に漏れず思うところがある様子だった。

私たち二人の様子に気づかず、花田さんは麦茶で喉を潤してから、続けた。


「食事といっても、本当につまみ食いみたいな感じよ?でも、最近私、食べ飽きてて…」


(夢にも味があるのかしら……)


私が感じた疑問に答えるように、花田さんがため息を零した。


「どの人も、皆ほとんど同じ味なの。とくに最近になってからなんてひどいのよ」


愚痴に熱を帯びさせて、こちらに身を乗り出してくる彼女。


「現実に追われて、挫折と諦めを繰り返して、夢を見ることを忘れた人たちばかり。淡白で、無機質で、まるで砂糖も塩もない真っ白な綿を口に入れているみたい」


長く白い指を悩まし気に口元に置き、悲しそうに目を伏せる。


「人って可哀想だわ。子どもの頃は皆、どの夢も幸せで希望に満ちた味がするのに、年を重ねていくたび、その記憶は、夢は、思い出されることもなくなって本人さえ気づかない場所で永遠の眠りについてしまう」


夢が眠りにつくなんて滑稽に思うかしら、と笑う彼女だったが、多分、記憶に基づいた夢を食す彼女にしか分からない寂寥感があるのだろう。


「『これをしたい。』『あぁなりたい。』『大好きなあの人とずっと一緒にいたい。』……きっと誰もが持っている夢なのに。実はそれを持ち続けるのって、とっても難しいことなのね」


紫色のブローチを見つめる彼女の言葉からは、その外見以上の年月の重みを感じた。

きっと彼女は、私たちよりも長い時間を生きて、それを実感してきたのだろう。


私の中の、ただのスタイル抜群の妖艶な長身美女という花田さんの印象が、少しずつ変わってきているのを感じた。

< 103 / 104 >

この作品をシェア

pagetop