まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~


何も知らないくせに。

今までそうして生き続けてきたまどかが、彼らには決して見せない表情も。

話を聞いている間、空気の如く隣にいるだけしかできない私の手を、縋るように強く握って決して離さないことも。


知らないくせに。


――貴方たちなんて、私からしてみたら何にも不幸じゃない。


恋人に裏切られた?騙された?周りよりも惨めな生き方?家族を奪われた?

何故それを、自分で背負おうとしないの。

何故それを、次に幸せになるための足掛かりにしないの。


――何故それを、全部まどかに押し付けるの。


彼は望んで、こうなったわけではないのに。


誰も。誰も。


「知らないだろ?」

「っ」


現実に引き戻され、はっとして顔を上げる。

気づいたら佐々木君は目の前に立っていた。

探るような視線が、私の胸をざわつかせた。

軽蔑しているような、それでいて、哀れんでいるような。


――彼も私を、まどかに引き寄せられる人間の一人に思っているのだろうか。


「あいつがいかなくても、周りが寄ってくるんだ。…あいつの気持ちなんてお構いなしに」

「……」


知っている、と、叫びたかった。

でも、出会ったばかりの人間が、幼馴染と同じくらい彼を理解しているのはあまりにもおかしい。

変な疑念を持たせないためにも、私は黙り続けることを選んだ。

佐々木君はそのまま言葉を続ける。


「だから、いつからか、あいつは波風をたたせないことだけを考えるようになった。表面上は柔らかく。まさに、来るもの拒まず、去る者追わず、だ」

「………」


「うわべだけは綺麗に取り繕ってるが、その実、あいつの中身はボロボロで、膿だらけだよ」

「………何を言いたいの」


まどかを蔑んでいるようでいて、気遣いの滲む声を疑問に思い、彼の真意を問い詰める。

佐々木君は私の反応に驚いたように僅かに目を見開き、それから静かに言った。


「綺麗なまどかを目当てに近づいたなら、今のうちに手を引くべきだ。あいつは、生半(なまなか)な気持ちで付き合えるような人間じゃない」

「……………」


眉を寄せ、自らも苦しげにそう告げる彼は、本当にまどかのことを思って私に警告しているのだろう。そこには何も、他意がない。

だから、私は嬉しくなって口元に笑みを浮かべた。

まどかの大切な友達に、感謝が伝わるように。


「逆だわ。ボロボロで、膿だらけ。……綺麗じゃないから、放っておけないのよ」

「………しらたまちゃん?」


怪訝そうな声を無視して、私は右手に視線を落とした。


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