スノー&ドロップス
 ーーゴトッ。
 持っていた紙袋が落ちて、低く鈍い音を立てる。

 家族以外から、彼の名前を聞くのは何年振りだろう。どうして彼女が鶯くんのことを知っているのか。背中と手の冷や汗が止まらない。

 壊れかけのロボットのように、動きが鈍くなった首を徐々に座席へ向けた。なんの企みもない表情の月さんは、薄汚れた床に転がる紙袋を拾って。

「モテる兄がおって、キミも大変だな」と、口角を上げた。喉が潰されたみたいに、何も出なかった。


「それと、早く消えるといいな。その歯痕(はあと)

 自分の首を示して微笑む。可愛らしく手を振りながら。
 まもなく発車するアナウンスが流れ始め、私は一歩二歩と足を踏み出してホームへ降りた。振り向く事が出来ないまま、車輪の音が遠退いて行く。

 しばらくその場に立ち尽くす体、そして紙袋の取手を握る指が、向かい側からやってくる電車の振動と合わせるように小刻みに震えていた。

 首を隠す薄っぺらな素材の下から、ドクドクと血液が流れる音が聞こえる。

 これらは、ひとつの事実からくる戸惑いと不安を現す音。


ーー月さんが、鶯くんのことを知っている。
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