黒子ちゃんは今日も八重樫君に溺愛されて困ってます〜御曹司バージョン〜
でも確かにあのシーンがあったからこそのラストシーン。
今の今まで話題に上がらない方が不思議なくらいだったが墓穴を掘りそうで自ら言及できなかった。

やっと話ができる。

「そうですよね。すごく初々しくて綺麗な夕日をバックにぎこちなくする2人の演技がそれはもう。あれがあったからこそのラストシーン。思い出すだけで泣けてきます」

「そうそう。あぁ俺もあんな恋したくなったぁ」

笑顔で目を合わせてこないでくれ!

こっちはありとあらゆる漫画を読み漁ってるんだから、そんな目で見られるとこれは……と期待してしまうではないですか。

これは現実、これは現実と私は呪文のように心の中で唱えた。

「八重樫君はまだ若いんだし沢山恋しなさい」

「おばさんみたいな言い方」

おばさんは聞き捨てならないが、まぁ、彼より5つ以上も上なのだから仕方ない。

「年上ですからね」

「いくつ?」

「秘密です」

「あ、返しもおばさん」

おばさん、おばさんって失礼な。

「じゃあ、また来週、同じ時間に待ってるから今度は二条さんが見たい映画決めてね」

八重樫君は腕時計を指さした。
時計を見るともう終電の時間だ。

カップを返却口に持って行き、道に出ると八重樫君はまたもやタクシーを拾った。

終電の合図じゃなかったのか?

「今度お礼はしっかりしてもらうからお金のことは気にしないで」

悪魔の笑みを浮かべてドアを閉め、またまた見えなくなるまで手を振って送ってくれた。
お礼とやらが恐ろしい。

それにしてもちゃっかり次の約束もされてしまったが、これはデートではないはずだ。

恋愛感情はないのに恋人のように距離が近い子もいると言う。それに八重樫君は海外育ちと言っても過言じゃない。ハグもキスも挨拶だ。

そうだ、だからこれは決してデートの約束ではない。

私のルーティンと八重樫君のルーティンが重なっているから一緒になるだけ。

私はただ、来週もいつもと同じ時間に映画を見に行くだけ。

家に帰り、気持ちも頭もスッキリさせるために、今日の入浴剤はペパーミントが入ったフローラル系にした。

お湯の中に口の上まで沈めた。

「何がしたいのさ八重樫君」

水の中で泡と共に消えていく声にならない声。

あらぬ方向に期待してしまう自分に恥ずかしくなって頭までお湯に沈めた。
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