黒子ちゃんは今日も八重樫君に溺愛されて困ってます〜御曹司バージョン〜
エレベーターが開くと同時に繋いだ手は離され、八重樫君は私の斜め前を歩き始めた。

私が止まると八重樫君の歩くペースが落ち、街路樹を見上げて立ち止まる。
私が近づくと歩き始める。
私が左に寄ると八重樫君も左に寄る。

何この遊び!

結局、駅まで一緒に歩いた。

駅に着くと八重樫君は振り向いて「じゃあ明日、いつもの時間にいつもの場所で」と念を押し改札口で見送ってくれた。

彼はこの駅を使わないのだろうか。
それなら何故ここまで?

いやいや、変なこと考えてはダメだ。
さもないと期待が膨れ上がってしまう。



翌日、私はいつもの時間にいつもの場所にいた。

いつもより少し可愛らしいふんわりスカートにライトブラウンのゆるふわパーマのウィッグ。
メイクはいつもより控えめに透明感を際立たせた。もちろん今日のマスカラはウォータープルーフ。

ちょっと気合入れ過ぎたかなと思いながら身なりを整え映画館に入って行く。

もちろんこれはルーティンだ。
八重樫君の為ではない。

館内にはいつもの場所で八重樫君がまたもや気怠そうに待っていた。

仕方ない。今日は声をかけてあげよう。

「こんばんは。今日も疲れているみたいですね」

「二条さん。こんばんは。今日は一段と可愛いね」

八重樫君は疲れていてもお世辞を欠かさない。なんて尊いお人なのでしょう。

「今日は爆笑コメディー映画を観ようと思います。八重樫君も一緒に観ます?」

こんな風にしか言えない私は可愛くない。
横目で彼の反応を見ると少し困った顔をしていた。

「疲れを笑いで吹っ飛ばしましょう! なんて」

慣れないことをするもんじゃない。
素直に私が選ぶ番だから選んでみましたとか、楽しい映画なら眠たくならないかなと思いましたとか言えばいいのにこれではただの空回りのイタイ女じゃないか。

「コメディーか。いいね、そうしよう」

八重樫君は笑顔になっていつものように私の手を取りチケットとポップコーンにジュースを購入してくれた。

何故かいつも私にはお金を払わせてくれない。

席に座って鑑賞準備をしたところで八重樫君がまた手を握ってきた。

手の主を見たが、予告を凝視していて私と目を合わせる気はないらしい。

何でだろう。今日は何を考えているんだろう。

キスだけは阻止しなければと身構えていたが、取り越し苦労だった。

後半に入り、益々面白くなり、爆笑が渦巻く中、当の八重樫君はコクリコクリと10分程、船を漕いでいた。
よっぽど眠かったのだろう。

キスで目覚めさせてあげましょうか、王子様? と冗談が思いつくくらい、身の危険を感じることもなく、映画が終った。
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