黒子ちゃんは今日も八重樫君に溺愛されて困ってます〜御曹司バージョン〜
暫く経つと、お酒が回り、場が和んできた。
私のテーブルは八重樫君の話題で盛り上がっている。年齢に関係なくみんな八重樫君にお熱のようだ。そして、何故か私はミッションを与えられた。

「だって、二条さんが一番接点多いじゃないですか」と言われたが、それは仕事の接点であって、彼と話しをするときは仕事をしているのですという言い分は聞いてくれそうにもなかった。

黒子は恋の黒子としても働かなくてはならないのか。その見返りはなんですか、お嬢さん? と心の中で呟きながらタイミングを見計らって席を立ちトイレに向かった。

トイレから戻ると私の席に八重樫君が座っていた。女性達に呼ばれたのだろう。

私は仕方なく空いている席を探して座ったが、周りは私が座ったことすら気付かずに話を続けていた。

やる事もなく、飲み物もないので注文しようと小さく片手をあげるも店員さんすら私に気付かない。

黒子に徹した私は外食には不向きだ。こんな時はタッチパネルの大衆居酒屋がいい。

そんな事を思っていたらルビーのような真っ赤な液体が入ったグラスが顔の横から出てきた。

「そんなに驚かないでくださいよ。ごめんなさい。俺が座ってたから戻れなかったんですよね」

驚かさないでくれよ、八重樫君。

「これ、二条さんのです」

なんだ。私のグラスを持って来てくれたんだ。気がきくいい子ではないか。

私は「ありがとう」とお礼を言ってグラスを受け取った。

八重樫君は何故か私の顔をまじまじと見つめて、ニコッと笑って去っていったが、危ない危ない、あと3秒見つめられたら惚れるところだった。

惚れるわけにはいかない。
時間の無駄だし、労力の無駄使いだ。

ちゃんと心の壁を作っておこう。

その後も何度か要求されるままに席を移動しているといつの間にか隅っこの席に追いやられていた。

まぁ、いつもこんな具合だからなんとも思わない。

キラキラしたリアルな恋のお話や家庭事情、浮気や不倫願望、何をとっても私には遠い世界のお話だ。
聞くことしかできないため、ただただうなずいていると隅に追いやられ、最後には存在すらも忘れ去られてしまう。

いや、元から忘れられているのか。

あとどのくらいで終わるのだろうとスマホの画面を見てみると私に漫画の面白さを教えてくれた同僚の郁美(いくみ)から、お気に入りの漫画家の新作がヤバイとのメッセージが届いていた。

そうだった! 今日だったよ、新作公開。

早く読みたい、そんなに面白いのなら冒頭だけでも読んでみようと席を立った。

トイレでこっそり読み始めると、これはヤバい。面白い! スクロールする手が止まらない。

新作という事でいつもより多めの公開。先読みするために課金する。

うほっこれは!

これからという所で、ドンドンドンとトイレのドアを叩かれた。

私は食事処の一つしかないトイレを占領していたのだ。
これは失敬。

ドアを開けるとそこには八重樫君がいた。

「ごめんなさい。緊急事態で、漏れそうです」
< 4 / 92 >

この作品をシェア

pagetop