黒子ちゃんは今日も八重樫君に溺愛されて困ってます〜御曹司バージョン〜
女子からの冷たい対応なんて奇跡の代償と思えば我慢できる。
一息ついて私が席を立つと、部長が後を追って廊下で声をかけてきた。

「二条君、すまん、今日仕事終わりにちょっといいかな?」

私を追いかけてこないで欲しい。しかもそんな耳元で話されてしまってはみんなの誤解がさらに酷くなる。

「あの、私、ちょっと予定が」

もちろん予定は無いが、八重樫君は今日会食だから一緒に来てもらうこともできない。
八重樫君に疑われるのが一番嫌だ。

「ちょっとでいいんだ。ここで待ってるから」

部長は私に紙を渡し、席に戻って行った。

誰からも見られていないことを確かめて紙を開くと、私が八重樫と行けたら嬉しいと思っていたカップルに大人気のカウンター席だけのイタリアンレストランの名前と住所が書かれていた。

何故よりにもよって部長からこんな所に誘われるのだろうか。

私は残業しながらオフィスで悩んでいた。
あの後部長は外出して戻って来なかった。
この時間から行けば確実に約束の時間には間に合わない。本当に部長はレストランで待っているのだろうか。

部長は私の連絡先を知らない。

まだオフィスにいる事、今日は行けないことを伝えるために私は会社の電話から部長の携帯に電話をかけたが繋がらなかった。

メールを打とうかと思ったが、メールで済ました後、来週からどんな顔して会えばいいのだろうか。

私は仕方なくレストランに向かった。

大人な雰囲気の高級イタリアンは私には不釣り合いだ。

だが、ここで部長が待っているかもしれない。

覚悟を決めて、ゆっくりとドアを開けると満席の中、部長が笑顔で私を見た。

八重樫君には部長から話があると言われ断ったが、それでも待っていると言われたので軽く食事をして話しを聞いてできるだけ早く帰るという連絡を入れていた。

それでもなんだか後ろめたい。

「良かった。来てくれて。ワインでいいかな?」

「はい。でも、すぐに帰るので」

「そうだったな。用事があるところすまんな」

カウンター席ではあるが、それぞれに十分な空間が設けられており、隣の会話が丸聞こえと言う事はなかった。

「いえ、それでなんでしょうか?」

「そう急がないでくれるかな。まずは完治祝いに乾杯」

「ありがとうございます」

「八重樫君も呼びたかったんだが、今日は会食だったからまた今度お礼をするつもりだ」

「はぁ」

この食事は怪我のお詫びのつもりなのだろうか。

前菜のカルパッチョが目の前に差し出された。

「美味しい」

一口食べたらこのレストランが人気という事が理解できた。

「その笑顔を見られて嬉しいよ」

部長がこちらを見て笑いかけた。既に酔っているのか顔が赤い。
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