帰り道、きみの近くに誰かいる



◇ ◆ ◇




ーー「…先輩、私、今からそっちに行きます。夜道を走って、先輩のところに行きます」



あの日の夜、電波が悪く電話が切れたとき。自分の中の予定が当然崩された。


その前の日、雅に教えてもらい、あの事件の加害者の弟を突き止めた。その人、神谷は自分を探し出そうとしていた。


神谷と話さなければならない。神谷は事件の真相を突き止めようとしていたからだ。自分と話をすること。それによって神谷は納得し、莉子に近寄らなくなる。そう考えた。


彼は呼び出し場所を、3年前の事件の現場で指定してきた。

あの事件以来、そこは通ったことがない。だけどあの現場で話をして神谷が納得するのであれば、廉自身も勇気を持って現場に向かうことにした。


その向かう途中での莉子の電話だった。彼女は夜道を歩こうとしていた。夜道が歩けない彼女が、過呼吸になりながらも自分を探し出そうとしている。もう外は暗闇だ。今、女1人が出かけるのは危ない。まだ電車を乗る手前だった。電車の車輪が擦り合う音が響く。その音を合図に、廉は来た道を引き返し、走り出した。


彼女を止めないといけない。危ない。嫌な予感がした。旭町は治安が悪く、まだ通魔事件の犯人だって、捕まってない。


目的地まで向かう。莉子の家だ。彼女はまだ家から離れてない。おそらく彼女は駅の方へ向かっている。どこかで出会すだろうと思った。



莉子の家まで向かうまで彼女の姿は見当たらなかった。もしかしてすれ違った可能性もある。

だけど当てもなく探した。

彼女に電話をかけていたがなかなか繋がらない。

ただ姿を見つけようとひたすら走って見渡した。彼女の家に繋がる閑静な住宅街。そこに入ろうとしたときに目の先の地面に何かを見つけた。


だけどその形は違和感を感じるものだった。

人が倒れていることに気付いたのは少し近づいたところだった。その人がすぐに誰か分かった。同じ高校の制服を着ていた。



「莉子ちゃん!」


その人の名前を叫んだ。

近づいて顔を見て、莉子だと確信する。

彼女はピクリとも動かなかった。体を持ち上げようとした時に気づいた、彼女の制服に染みついた血。体全体が音を立てて震える。



「莉子ちゃん」


「莉子ちゃん」



何度も彼女の名前をよんだ。彼女は静かに目を閉じていた。まるで眠っているかのようだった。



「どうして。…なんで…」


廉は混乱した。そして涙が出る。

どうしよう、彼女を失ってしまったら。

どうか、助けてください。神様。

大切な人なんだ。

大事にしたい人なんだ。



だから、お願い、どこか遠いところに奪わないでくれ。

誰もいない住宅街で廉の声だけが響いた。





すぐに通報して警察と救急車は同時にやってきた。彼女は市内の大きな総合病院に運ばれていく。

騒ぎを聞き駆けつけた莉子の母親も一緒に乗って行った。涙目で何度も娘の名前を呼んでいた。それから彼女が運ばれた病院に廉が行くことができたのは数時間も後だった。被害者の第一発見者の警察の取り調べが優先された。


病院に着いた時にはまだ日付が変わる前だったが、既に病棟は暗く、何箇所か必要な場所だけ静かにライトが照らされているだけだった。


病院の中でも警察の関係者と少し会話をして、疲れているだろうからと気遣われると、ナースステーション前の長椅子で1人座る時間があった。


次々と変わりゆく状況の中、常に放心状態だった。


その時、遠くの方から歩いてくる人がいた。廉はそちらを見上げると、すぐに立ち上がり少し頭を傾けて礼をする。莉子の母親だった。会うのは2度目で、3年ぶりの再会だった。廉は久しぶりに会った莉子の母親のことを覚えていた。

莉子に顔がそっくりだった。


「あなたが見つけて通報してくれたのね」

ありがとうとお辞儀をした母親は顔を上げる。そして廉の顔をじっと見る。廉は目を伏せたまま、目を合わせられなかった。


だけど、母親は廉の顔を覚えていた。


「まさか、こんな巡り合わせがあるとは…」



驚いたような感情と、暖かみを感じる声だった。


「不思議なことね、莉子を…助けてくれてありがとう」


母は優しく微笑んだ。だけど廉は顔を上げられず、首を横に振った。苦しい気持ちだった。



「あなたが早く見つけてくれたおかげで、莉子、命に別状なかった」



莉子は脇腹を深く刺されたが、早急な発見と手当で一命を取り留めた。

それを聞いた瞬間、限界を通り過ぎた。廉は顔を上げないまま、涙が止まらなかった。


お礼を言われるようなことは出来ていない。莉子を救うことが出来なかった。

莉子を傷つけた。

夜道を走らせてしまった。

危ない目に合わせてしまった。


なのに、目の前にいる莉子の母親はずっとお礼を言い続けてくれた。


莉子の様子が見れることになった廉は母親と一緒に病室に入った。莉子は意識を取り戻していたがうっすらと目を開けたり細く閉じかけたりを繰り返している。

彼女が自分の姿が見えているかどうかは、その動作から判断できなかった。莉子も疲れているだろうから、とその日はもう帰ることにした。

彼女が無事だということが知れて安心出来た。


帰る前に、莉子の母親にもう一度深くお礼をして、帰ろうとする。
その前に、「また明日からお見舞いに伺ってもいいですか?」と聞くと、母親は快く受け入れてくれた。

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