虹色 TAKE OFF !! 〜エリートパイロットは幼馴染み〜
人は、どれだけ残酷なことができるのだろう。
いたずらや出来心では済まされない。
あの自転車は、九条くんと正隆おじさんのお気に入り。九条くんにとっては、お父さんとの大切な思い出そのものだったのに。
多分この事件が、最後の何かを砕いてしまったのだろう。
それから十日後、九条くんと瑠美おばさんは、遠くの街へ引っ越すことになった。
見送りに来たのは、私の家族だけだった。
「理恵、今までありがとう」
九条くんが差し出した右手は、ペンキ溶剤でぼろぼろになっていた。
その手を、私もぼろぼろの手で握り返しながら、
「まあくん、自転車は……?」
「引き取ってもらったよ。新しい引っ越し先には持って行けないし」
九条くんは穏やかな目で、そう答えた。
九条くんと瑠美おばさんは、何度もお辞儀しながら、引っ越し業者の車に乗り込んでいった。
「まあ兄、いっちゃだめなのっ、いっちゃだめなのっ」
小さな手足をばたばたさせて、泣き叫ぶ真理を抱き締めて、私も泣くことしかできなかった。
八月の気怠い陽射しのなか、九条くんと瑠美おばさんを乗せた車は走り出して、次第に遠ざかって、見えなくなった。