オスの家政夫、拾いました。3. 料理のガキ編
(それにしても、久しぶりだったな、なにかをすごく楽しいと思いながらやったのは…。)

今の仕事はもう「楽しい」とか「楽しくない」とかのレベルを超え、義務のようなものになってしまい、やる気を感じることはほとんどなくなっていた。幼い頃からずっと母に言われた通り「お金を稼がなきゃいけない」というプレッシャーに追われ、今でもその気持ちには変わりは無いが…。今日は正直、自分が楽しいと思う仕事をやろうとするあの若い家政夫くんが羨ましいと思った。

(いや、羨ましいと思っても無駄でしょう。林渡くんは運良く早い段階で自分に合う職を見つけただけ。そして私も私なりに自分に合う仕事をやってるだけだよ。)

今更仕事が楽しくないとか、辛いとか、そういうのを考えても無駄だ。このマンションのローンや、社会からの視線もあるし、この会社で今の給料を貰うまでどれだけ苦労したのかを考えると転職は絶対考えられない。もう若さでなんとかなる歳でもないし、いや、それより…。

(いや、それより…そもそも私って、なにが好きなんだっけ?)


大昔、小説を書くことが好きで、作家になることを夢見たことがあった。しかし、それを知った母はこう言った。「そんな夢は明日のお米の心配をしなくてもいい人達が見るものだ」と。小説を書いていたノートは全部破られ、「二度と小説なんか書きません」と誓わせた。それ以来、とにかく母に言われたようにお金を稼ぐことだけ集中してきたけどー。本当に明日のお米の心配をしなくてもいい人になった自分は、決して楽しいと言える人生を送っているんだろうか。

(やめよう、悲しくなるだけだし。今更なにも変わらないよ。)

今日は色々あったせいで、きっと疲れているんだ。彩響はそう自分に聞かせながら目をつぶった。それでも、さっきのオムライスの味や、一緒に作っているときの林渡くんの笑顔がずっと忘れられずにいた。
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