オスの家政夫、拾いました。3. 料理のガキ編
ある程度満足したのか、母は箸をおろして質問した。

「あの、味はどうでした?」

「悪くなかったよ。これくらいできるなら、私に作らず男に作ってあげれば良かったのに。今からでも武宏とよりを戻してみたら?料理上手な女を嫌う男はいないから」

「いいえ、何度も言いますが、あいつとはもうとっくに別れましたので」

「なら別の男探しなさい。さっさと結婚して、子供を産んでー」

「ーあの、お母さん。私、仕事を辞めようと思います」


なにをしても結局「男」「結婚」「出産」という結論に繋げてしまう母の言葉にムカッとし、つい口がすべってしまった。すぐ「あちゃー」と後悔したけどもう遅い。本当はもう少し時間をかけて丁寧に言葉を選ぶつもりだった。なるべく優しく、母の気に障らないように。しかしこうなった以上、もう後戻りはできない。宣戦布告でもするかのように、彩響は姿勢を整え真っ直ぐ母の顔を見た。


「は?仕事を辞めるって、今の会社を?どこか転職でもするの?給料上がる?」


娘が長年勤めていた会社を辞めると言うと、まずは心配するのが普通だと思うが…。いや、相手は母だ。一般人の常識を母に求めてはいけないのだ。


「いいえ、辞めてやりたいことをします」

「やりたいことって、なにを?」

「私、料理をちゃんと学びたいです。だから会社を辞めて、4月から料理専門学校に行きたいです。今の仕事が嫌いなわけではないけど、今からはもう少し自分が熱情を注いでやれる仕事をしたいです。お母さんも理解してくれたら嬉しいです」

お金だけを追いかけて30年。世間にはなにを今更とか言われるかもしれないけど、やはりこっちに進みたい。自分を心から応援してくれた林渡くんの気持ちに応えたい。そんな必死な思いで、彩響は一生逆らうことはないと考えていた、神のような相手に勇気を振り絞った。ここまでやったから、もしかしたら聞けるかもしれない。ずっと求めていた、あの「優しい言葉」を。


母は口を開け、唖然とした顔でこっちを見た。母は持っていたコップをそのままテーブルの上に戻し、はあ、と呆れた声を出した。消して長くないその瞬間が、彩響には永遠のように感じた。


「…なにを言い出すのかと思えば。あんた、どこかで頭でも打ったの?」


冷たい言葉が胸を刺す。彩響は目を閉じ、深く息を吸った。これからさらにやってくる刃に耐える準備をするには、こうするしかなかった。母は自分の前においてあったお皿を払いのけ、大きい声で叫んだ。


「信じられない。あんた、正気?あんたがこうして生きてご飯食べてるのを誰のおかげだと思っているの?」

「お母さんの恩を忘れたわけではありません。私はただ…」

「忘れてないなら、そんなバカバカしい戯言言うわけがないでしょう!仕事辞めて学校なんかに入ったらお金はどうするの?ローンはどうするの?」

「今までの貯金でなんとかします。そしてこのマンションは処分します。元々中古物件だったので今売ってもそこまで損はしません」



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