オスの家政夫、拾いました。3. 料理のガキ編
「苦しい環境でも私を捨てなかった母に感謝する気持ちで、私は自分なりに努力してきました。そして自分が選ばなきゃいけない人生の選択肢を、大半は母の望み通りに選びました。もちろん100%母が望むことを叶えてあげることは無理でしたが…。私ができる範囲で、自分なりの最善を尽くしてきました」

「ハニーはきっと、とてもいい子だったんだろうね。そして早く大人になってしまった、お母さんの苦労を少しでも分け合うために」


優しい言葉に鼻先がじいんとする。そう、苗字が変わったあの日から、中学生の彩響は大人になってしまった。心だけでも大人にしておかないと、苦しいこの人生に耐えられないと気付いたから。


「どうでしょう、Mr.Pinkはそう仰ってくれますが、母にとっては違ったらしいです。母は常に私を自分が思う『良い人生のレール』にそって動くよう、私を酷く責めました。なるべくたくさん給料を貰えるところでお金を稼ぎ、時期になったら結婚し、子供を産むようにと。少しでも抵抗したら暴言を吐かれ、母の気が済むまで殴られました。泣き疲れた私が許して欲しいと許しを乞うまで」


そして心だけではなく体も大人になり、母が望むようにお金を必死で稼ぎ、結婚相手を探し、このまま母が望むような娘になるかと思ったがー物事は計画通りに動くわけでもなく、結局ここまで来てしまった。


「母に酷い扱いはされましたけど、それでも心の奥底からは、母が私のことを愛しているという確信がありました。産みの親だから、いくら酷いことを言っても、本心は違うはずだ、と。でも、今はもうそれが全て私の妄想に過ぎなかったということに気付きました。それが分かってしまい、今は自分が情けなくて、自分になにも価値がないようで…苦しいです」


話を聞いたMr.Pinkは目を閉じ、深く息を吸った。オフィスの空気が重くなったのを感じ、彩響は少し後悔した。適当に誤魔化せばいいものを、なぜ自分はこうベラベラと喋っているんだろうか。彩響の気持ちに気付いたかのように、Mr.Pinkがぱっと目を開けた。


「ハニー、難しい話をしてくれてありがとう。そして、今は会えないけど、ハニーの中に眠っている幼いハニーにも、心から労りの言葉を渡そう。よく今まで堪えてくれた」

「……」

「しかし、誠に勝手ながら、『今』のハニーには私から少し小言を言わせて貰う。この年になるとどうしても若者に色々と口出しをしたくなるのでね。それが嫌なら、今ここから出ても良い。ハニーは我社の大切な顧客で、これでその関係に罅が入るようなら無駄だと思うので」

ここまで言われると、逆に気になる。彩響は同意の意味でそのままじっとしていた。肯定の意味で解釈したMr.Pinkは、そのまま話を始めた。


「世の中で最も難しいのは人間関係であることを、ハニーもきっと同意するだろう。私もそう思う人で、その中で特に気をつけなければならないと思うのが『親子関係』だと思うんだ。なぜなら、『親子』だからこそ望むことも多く、そして傷つけることも多いからだ」


これは、もしかしてMr.Pink自身の話だろうか?彼の話は淡々としていたけど、とても力を感じる切実な声だった。彩響も同意の意味で頷いた。言われた通り、自分も母もお互いに望むことが多すぎたのかもしれない。

「大体は親が子供に欲しいものが多すぎて、それに応えられないと親は深く失望して、子供を責める。そして優しいハニーは、一人で自分を育ててくれたお母さんの望みを叶えてあげなきゃと思い込み、きっと錯覚をしているのだろう。『家族だから、命をくれた人だから、二人しかいないから』。こういう考えに幼い頃から囚われ、思い込んでしまうんだ。
『母には私しかいない、私が母の責任を取らなくてはいけない』。最終的には、『母の隣に一生いてあげなきゃ』という考えに定着する。そのために結婚しないか、結婚をしてもなるべくスープが冷めないくらいの距離で住みながら、母となるべく近くにいようとする。子供はみんな母に愛されたくて、必死で努力するから。しかしハニー、よく考えてごらん。お母さんの人生のパートナーは誰なんだ?」

「…え?」

(お母さんの…人生のパートナー?)


< 71 / 75 >

この作品をシェア

pagetop