オスの家政夫、拾いました。3. 料理のガキ編
自分のスマホを取り出し、メール箱に入ってある添付ファイルを確認する。確かに、そのような項目が書かれてある。あれだけ契約書は大事だと佐藤くんに説教しておきながら、いざ自分のこととなるとこんな油断をしてしまうとは。自分が情けなくなり、彩響は深いため息を付いた。


「最低30日間は変更不可、ですか…。」

「これが我々のルールなんでね。これは顧客と家政夫がお互い慣れるための最低限の時間だと思って作った規則でね、その後でどうしても無理というなら変更するようにしている。もちろん、顧客が強く願うのなら今すぐ変えても構わない。しかしその場合、契約書に書かれている通りきちんと違約金を請求させてもらうよ。」


契約書には、『一ヶ月以内に家政夫を変更する場合、そのまま一ヶ月の料金を違約金として支払いする』という項目が書いてある。一ヶ月の料金を無駄にするか、もしくは一ヶ月我慢するか…悩む彩響を見て再びMr. Pinkが質問した。


「ハニー、もし彼になにか問題があれば、会社の方で警告の形で伝えることもできる。なにがそんなにハニーの気に触ったのか、教えてくれないか?」

「…いや、私は忙しいんです。なのに彼は…。」

「彼は?」

「私に『元気なものを食べろ』とうるさく言うんですよ!」



応接室に沈黙が流れる。Mr. Pinkは最初口を開けて何かを言おうとして、すぐ閉じて、困ったように笑う。その笑いの意味が何なのか、彩響も後になって知った。


「な、なんで笑うんですか…?」

「いや、失礼。私の常識がもし狂っていたのなら申し訳ないが…『元気なものを食べろ』というのは、悪いことかね?」

「あ…。」


いきなり顔が赤くなる。まるで野菜を食べたくないと駄々をこねる幼児になった気分で、恥ずかしくてたまらない。なにも言えず黙る彩響を見て、Mr. Pinkが再び口を開けた。


「今はそうだけど、きっと彼はハニーの役に立ってみせるよ。だから、もう少しだけ待ってみてくれないかい?」

「…一ヶ月ですね。それまでは我慢します。でも、その後に絶対変えてもらいますから。」


彩響の言葉に、Mr. Pinkが意味深な微笑みを見せた。


「さて、それはこれからのお楽しみだね。」

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