聖なる夜に、始まる恋
そして今、私が直面しているのは、今後の身の振り方だ。


画家を名乗るのは実は簡単なこと。別に資格が必要なわけでもない。


「私の職業は画家です。」


そう言えばいいことだ。だけど、自称するのはたやすいことでも、それを世間に認めさせることは、当たり前だけど、本当に難しい。マーティは折りに触れ、私の絵をプッシュしてくれているようだけど、まだ何の実績もない私の絵に、そう簡単に食いついてくれる人がいるはずはない。


それに、マーティには本業があり、私のマネージャーでもない。今の彼はあくまで好意で、自分のビジネスの合間に私を助けてくれているに過ぎない。私は自分で、画家への道を切り開かなくてはならないのだ。


差し当たっては、活動拠点をどこに置くか、だ。


「私にはよくわからないけど、やっぱりメジャ-な画家を目指すには、東京にいた方が、なにかと有利なんでしょ?」


両親との話し合いの場で、母親はこう言った。いい悪いはともかく、日本が相変わらず様々な面で、東京を中心に回っていることは、厳然たる事実だ。マ-ティも教授も同意見で、だからこそ、教授は自分の研究室に私を招き入れようと言ってくれてるのだ。


だけど、そんなことを口にしながら、母がそれを望んでいないのは、表情を見ればわかる。30歳になった一人娘が、結婚もせず、親元を離れ、明日をもわからぬ職業を目指すことが心配だし、それ以前に本当は反対なのだ。せめて、自分達の側にいて欲しい、そう思っているのだ。


「画家を目指すのも結構だが、認められるまで、どれだけ時間が掛かるかわからんし、そもそも認められる保証なんて、どこにもないんだ。だとすれば、ここに居れば、とりあえずの生活の心配はない。制作にも打ち込めるだろう。」


その思いを父がはっきりと口にする。


「仕事はちゃんとするよ。私は教員免許は持ってるし、カルチャ-教室の講師という道もある。みんなそうやって生計を立てながら、制作を続けてるんだから。」


私は3年間、高校の教員を務めた経験があるし、大学院時代は親の負担を少しでも軽くしたいと、近くの高校で美術科の講師もやっていた。教授のお世話にならなくても、いい齢をして、親のすねかじりをしなくても、生活はできるだろうと思っていた。


「もしそういう当てがあるなら、実家にいれば、ますます安心じゃない。都会にいなきゃ、コンク-ルに応募できないわけでもないんだろうし。京香、そうしなさい。」


私の言葉を受けて、母はダメを押すように言った。
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